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第2話 善か悪か
赤マントの名乗りを聞いた犯人たちは、怒りの表情を浮かべながら一斉に持っていたマシンガンを赤マントへ向けたが、既にそこには誰も居なかった。
あっという間に犯人たちの間をすり抜けた赤マントは、走りながら腰に付けた二十センチほどの白い棒を取り外し、軽く振った。
棒が瞬時に全長一メートルのステッキへと変化する。
通りしなに赤マントが何か攻撃でもしたのか、男が二人、白目を剥いてその場に倒れる。
「うわっ!」
慌てて振り返った男が、なぜか両手を高く上げている。
赤マントのステッキが男のマシンガンの銃身をグルグルっと巻き込みながら回転し、男の手からマシンガンを勢いよく弾き飛ばしたのだ。
赤マントは、一瞬で武器を奪われた男のガラ空きになった腹を、ステッキの先で軽く突いた。
「あがががががががが!!」
男が泡を吹いて倒れる。
「伍萬ボルトの電壓だ。效くだらう?」
赤マントは楽しそうに笑うと、間髪入れず、次の男の前に立った。
反射的に向けられたマシンガンの先端をヒョイっと指で摘むと、無造作に捻る。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁあ!」
赤マントがマシンガンを捻ったせいで、トリガーに掛けた指が強制的に反対方向に曲げられたのだ。
赤マントは折れた指を押さえてその場で絶叫する男の胸にステッキの先端を押しつけた。
男が身体をブルっと震わせ、その場に倒れ伏す。
マシンガンは不利と判断したか、獲物をナイフに切り替えた男たちが左右から迫る。
赤マントはステッキを空高く放ると、左右から迫るナイフを独楽のように身体を捻って躱しつつ、伸びてきた男たちの手首を握った。
次の瞬間、赤マントに手首を思い切り引っ張られた男たちの額と額が派手な音を立て激突する。
どうやら頭突き勝負は引き分けのようで、男たちは二人揃ってその場で伸びてしまった。
赤マントはマントを翻しつつ、落ちてきたステッキを華麗にキャッチすると、フェンシングのように踏み込みつつ前方を突いた。
「あがっ?」
気絶した部下たちの身体を踏み越え襲い掛かってきたリーダーは、顎先に赤マントのステッキの強烈な一撃を食らい、脳震盪を起こして呆気なく倒れた。
目に見える範囲の敵を全て倒した赤マントがロビーの隅に目を向けると、黒のゴスロリ服を着た長髪の少女とピンクのゴスロリ服を着たツインテールの少女が協力して、縛られた店員や客たちを解放しているところだった。
二人とも服と同じ色のヴェネチアンマスクで目を覆っている。
天井の換気口が開いてプラプラ揺れているとこらから見ると、どうやらそこから店内に侵入したらしい。
客たちに銃を突き付けていたはずの犯人二人が彼女たちの脇で綺麗にノビているのは、悪漢たちの視線が赤マントに集中している隙をついて倒したということなのだろう。
「うぉぉぉぉぉぉぉおお!!!!」
とそこへ、奥からマシンガンを二丁、両腰に構えた一際大きな男が走ってきて、赤マント目掛けて一斉射をお見舞いした。
最後の一人は、奥のエレベーターホールにいたらしい。
赤マントは咄嗟に転がりながら避けて、柱の陰に隠れた。
「よくそんな撃ち方して肩が外れなゐものだ。元氣が良くて大變結構!」
「抜かせ、海東を護る正義の味方!」
「それだよ。私は壹言もそんな事云つてゐなゐのだが、どこでそんな誤解が廣がつたものか」
攻撃がひと段落したとみて柱の影から出て来た赤マントが、強盗犯に向かって肩を竦めてみせる。
「あ? だってお前、この街で起きる事件ばかり解決しているじゃねぇか」
「私がここによく現れるのは、此街が單純に私の生活圈内だからだ。例ゑるなら、コンビニにアヰスを買ゐに行く行き掛けの駄賃に惡黨を頽治してゐるだけだ」
「何だそりゃ」
「結果的に正義の味方のやうに見ゑたかもしれなゐが、私が君ら惡黨を倒すのは日頃のストレスを發散する爲に過ぎなゐ。銃で武裝した惡黨相手なら行き過ぎた暴力も大目に見て貰ゑるし、結果犧牲者が出ても、街を壞しても、被害の全てを惡黨のせゐにできるしな」
赤マントが、カンラカンラと笑う。
強盗犯の口がワナワナと震え、やっとな事で言葉を絞り出す。
「お、お前! ふざけやがって! お前は何なんだ!」
「赤マント。君たちのやうな武裝犯罪集團を壓倒的暴力で叩き潰すことが趣味の怪人さ。ま、ゐつまでも世間話をしてゐても始まらなゐ。そろそろを樂しみタヰムと行かうか」
強盗犯が再び赤マントに向けてマシンガンを撃ちまくるも、赤マントは予想もつかぬ華麗なステップで全弾避けた。
「何で! 何で当たらねぇんだよぉぉぉ!!」
赤マントはその場でクルっとターンしつつ、ステッキを強盗犯に向けた。
次の瞬間、強盗犯を稲妻が襲った。
ステッキによる突きの嵐に襲われ、強盗犯が吹っ飛ぶ。
「あ痛てててててててててててて!!」
ロビー中央で痛みに悶え転がりまわる強盗犯の前に、赤マントが余裕の表情で立つ。
「なぁに、大したことは無ゐ。肩關節と股關節をちよつとズラしたゞけだ。潮騷町に昔からやつてゐる整體の店があつて、そこに腕の良ゐを爺さん先生がゐるのだが、彼なら伍分で治せる。今から警察が突入してくるだらうからそこで診療の出前をを願ひするんだな。それまでは激痛が續くが我慢だ。アツハツハ!」
黒ゴスロリの少女とピンクゴスロリの少女が、人質となっていた人たちを店舗の外に誘導する。
入れ替わりに警官隊と共に入ってきた高身長の刑事が赤マントを睨む。
「お前がやったのか? 赤マント」
「ゐかにも犯人を倒したのはわたしだが、建物への被害は全て此強盜犯たちによるものだ。請求は彼らにしてくれ給ゑ」
「ここのガラス窓を盛大にぶち割ったところを見たような気がするんだが……あれは気のせいか?」
「疲れ目ぢぁなゐか? 目藥でも差したまゑ、和谷警部」
赤マントは何気ない風を装って、ポケットから小さな白い玉を一個取り出すと、指で弾いた。
玉は一直線に奥のエレベーターへ向かって飛んでいき、下階行きのボタンに当たると同時に、勢いよく白煙を噴き出した。
いつの間にローラーブレードをセットしたのか、赤マントは更なる煙玉を撒きつつ、突っ立ったままの姿勢を全く変えることなく高速でバックし、エレベーターに乗り込んだ。
まるで、背中に目でも付いているかのような動きだ。
同じくローラーブレードをセットしたゴスロリ少女たちがエレベーターに滑り込むと、エレベーターの扉が閉まる。
和谷警部は、口を押さえつつ慌ててエレベーターの前に行くと、表示を確認した。
地下一階、駐車場と表示されている。
「地下一階だ! 出口を封鎖しろ!」
だが、もうもうたる白煙に包まれた警部が警官隊を伴ってやっとのことで店舗の外に出ると、既にそこには、スロープを登って来た外国製左ハンドルの真っ赤な四人乗りオープンカーが停まっていた。
赤マントの愛車・REDカーだ。
運転席に赤マントが。助手席に先ほど店内にいた黒いゴスロリ服を着た少女が。後部座席には同じく店内にいたピンクのゴスロリ服を着た少女と、新たに白いゴスロリ服を着た少女がそれぞれ座っている。
ゴスロリ少女たちは全員ヴェネチアンマスクで目を覆っているが、それでもひと目で、三人が三人とも頗る付きの美少女だと分かる。
ハンドルを握った赤マントが、咳き込みながら店舗から出て来たばかりの警部に軽く手を振る。
一緒に乗ったゴスロリ少女たちも可愛らしく手を振る。
「では警部、ご機嫌やう」
「ばいばーい!」
「まったねー!」
「さようならぁぁ!」
呆気に取られる警官隊を前に、赤マントは思いっきりアクセルを踏み込んだ。
一瞬で警官隊をその場に置き去りにすると、REDカーは猛スピードで封鎖線に迫った。
そこにあるのは、ジャバラ型のバリケードだ。
鋼鉄製で、高さが一メートル半、奥行きも一メートルあり、車でそれを突破することは絶対に不可能だ。
だが――。
「ブーストジャンプ!!」
赤マントは高速でREDカーを走らせながら、ステアリングスポークに付いているボタンを押した。
途端にREDカーの床下から猛烈にジェットが噴出し、ニメートルの高さまで車が浮く。
ジャンプどころか、飛行と化してバリケードを乗り越えると、REDカーは速度を落とすことなく接地し、その場を悠々と走り去ったのであった。
◇◆◇◆◇
さて――。
赤マントとは何者なのか。
警察をも翻弄し、様々な秘密兵器を駆使して悪漢を退治するその姿。
正義か。はたまた悪か。
話はここから一年ほど前に遡る。
今こそ語ろう、零和の世に蘇った怪人赤マントの真実の物語を。
さぁ諸君。準備はいいか?
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