第3話 ヒーロー始動

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第3話 ヒーロー始動

「こちら颯太。位置に着いたよ、祖父(じい)ちゃん。いつでもどうぞ」  十八歳の少年、和谷颯太(わやそうた)は、双眼鏡を覗きながら右耳に付けたインカムに向かって話し掛けた。  彼の視線の先には、どこまでも続く(あお)い海が広がっている。  遥か遠くの海を、船がゆっくり通り過ぎて行く。  颯太が今いるのは、ここ海東区(かいとうく)の代表的な観光スポットでもある海東公園(かいとうこうえん)だ。  山が丸ごとそっくり公園になっており、とりわけ今彼のいる高台は、植えられた様々な色の花越しに眼下に広がる海を見れるという、人気の絶景スポットとなっている。  ちょうど今日は週末土曜日なので、園内は朝から区内外からの観光客でごった返しているところだ。    暖かな海風に吹かれ、颯太の無造作(さわ)やかサラサラヘアーが揺れ、その下から、ヤンチャそうなアーモンドアイが(のぞ)く。  百八十センチ近くある高身長な上に、普段からの運動の成果で見事な細マッチョ体型となっており、更にその上に乗っかる甘いマスクとのコントラストで、颯太は実にモテる。  実際、彼がこの公園に来てから、何人もの女性たちが声を掛けてきた。  忙しいんで、と全てすげなく断ってしまったが。  陽キャな見た目に反し恋愛面で硬派な颯太にとって、ナンパがうざったくなる週末は、基本絶対に近付かない。  その為、平日はともかく、週末にこの先の高台にある祖父の家に行くときは、えてして別の道を通る。  にも関わらず今日颯太がここにいるのは、祖父の提示した実験場所がここだったからだ。  適度に遮るものがあり、今回の実験の場所として最適だから、という理由で今回ここが選ばれたのだが、お陰で颯太は朝から内心、あまり機嫌がよろしくない。  他ならぬ祖父の頼みであるということと、その懐から出るお小遣いのお陰で、なんとか機嫌を保っているところだ。  ――景色は綺麗なんだけどな。  颯太の視線の先を、波を切って観光船が進んでいく。  と、颯太のインカムに老人の声が飛び込んできた。 『こちら達郎。待たせたの、颯太。位置には着いておるな? えー……距離約二百メートル。風向き南西一メートル。遮蔽物、混雑状況、全て想定の範囲内。ふむ。まぁこれなら影響ないじゃろ。では早速、音声遠隔発生装置(ボイスコントローラー)の実験を始めるとする。よし颯太、アプリを起動せい』  颯太の位置から双眼鏡を使用してギリギリ見える公園の東屋(あずまや)に陣取った老人・和谷達郎(わやたつろう)が、テーブルに置いたPCを見ながら頭に付けたインカムで指示を出した。  こちらは、還暦を優に越えていそうな、髪がロマンスグレーに染まったやたらとハンサムな老人だ。  何の変哲も無いジャケットとチノパンの組み合わせを着ているだけなのだが、百八十センチの高身長で長い足を優雅に組んでいるからか、まるで雑誌のモデルに見える。  西欧の血が入っているからか、彫りが深い顔立ちをしている。  若い頃は相当モテただろう。   指示を受けた颯太がスマホに入っているマイクマークのアイコンのアプリを起動させるとすぐ、画面に三次元マップが現れた。  衛星を利用しているようで、スマホの画面には、建物の形、移動する人たち等、マップの範囲内に入る物の様子がかなりハッキリと写っている。  颯太は画面をスワイプしつつ、ターゲットマークを二百メートル離れた祖父に合わせ、固定した。 「照準合わせ、完了」 『よし、ではこちらはインカムを切るぞ。予定通りの順番で頼む』  双眼鏡の中の祖父がインカムを外してテーブルに置くのを確認した颯太は、再度スマホを操作した。  二つ目のターゲットマークを祖父のすぐ右横にセットする。 『まずはA地点。聞こえる?』  PCで波形をチェックしていた祖父・達郎の右元でいきなり若い女性の声が発生した。  達郎が思わずビクっとして振り返るも、当然のことながらそこには誰もいない。 「分かっていてもビックリするぞ、これは。音声変換も問題無し。ちゃんと女性声だ。こっちの声も聞こえているな?」 『聞こえてまーす』  女性の声が耳元に返ってくる。  本来、二百メートルも離れた位置にある颯太と達郎が何らかの機械も使わずに会話をすることなど不可能なはずなのだが、音声遠隔変換装置のお陰で、ターゲッティングした達郎の声がピンポイントで颯太のインカムで拾えるようになっている。  何という発明だろうか。 『じゃ次、B地点を頼むぞ』 「了解」  颯太はスマホを再度操作した。  今度はターゲットマークを達郎の真後ろに持っていく。   『これがB地点ね。どう? ちゃんと聞こえてる?』  今度は達郎の背後から地の底を這うようなおどろおどろしい老婆の声がした。 「ひぃ!」 『祖父ちゃん、ビックリしすぎだよ。自分の発明でしょうが』  老婆の声が呆れた色を帯びる。  当然のことだが、喋っているのは颯太だし、その声が聞こえているのも達郎一人だ。  たまたま東屋の近くと通る人にも、老婆の声など全く聞こえない。  ターゲッティングした相手にしかその声は聞こえない。 「いやいや、分かっとるんじゃがな? まだ昼間だからいいけど、これを夜中にやられてみぃ。腰を抜かすぞ」    こうしてパターンを幾つか試行し、無事、今日の実験は終わりを迎えたのであった。
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