第4話 ヤクザと少女と

1/1
前へ
/54ページ
次へ

第4話 ヤクザと少女と

 二人して昼を摂ろうということになり飲食店街に行くと、その中の一軒の中華屋から、若い女性のものらしき怒鳴り声が聞こえてきた。  達郎と颯太は、思わず顔を見合わせた。    駆け付けた店には、片桐飯店(かたぎりはんてん)と書かれた看板が掛かっている。  相当古い店のようで、壁に染み付いた油染みがこの店の歴史を物語っている。  喧騒(けんそう)を聞きつけて集まってきたのは達郎と颯太だけではないようで、店の前には既に人だかりができていた。   「おぉおぉ、スマンね。はい、ちょっと通してくださいね。ごめんなさいよ」  達郎と颯太は、ギャラリーを掻き分け、店に入った。 「ここは大事な店なの。売るつもりは無いって何度も言いましたよね!」 「沙良(さら)、やめておけ。放っておけって」  達郎と颯太が店に入ると、店の中央で白の三角巾を頭に、同じく白のエプロンを腰に巻いた少女が頭に湯気を立てながら、客に向かって怪気炎(かいきえん)を吐いていた。  老人が後ろから少女を(たしな)める。 「マスター、俺はアンタと話してるんだよ。ヒステリックなお孫ちゃん、引っ込めてくんないかな……おい、何だいあんたら。取り込み中だから出てってくれないか」  見るからにヤクザ者といった感じの中年男が、隅の椅子に座ったまま、店に入ってきた達郎と颯太をサングラス越しにチラ見して、面倒臭そうに声を掛ける。  店内には、人が五人ほどいた。  エプロン姿の少女。その後ろに立つ老いた店主。店主に寄り添う女房と(おぼ)しき女性。そして、それに相対して立つペイズリー柄のシャツにサスペンダー付きの白ズボンを履いたチンピラと、隅の椅子に座ってタバコを吸う、ダークスーツにオールバック、黒のサングラスの、ひと目で堅気(かたぎ)で無いと分かる中年男。   この男たちに軒並み追い出されたのか、店内に他の客の姿は全く無い。  五人の視線が一斉に達郎と颯太に集まる。 「よぅ、健ちゃん。今日は孫を連れてきたんだ。ここ座っていいかな?」 「達っちゃん!」  達郎がヤクザの忠告を無視して、店主に向かって笑顔で話しかける。  店主は店主で、思いも掛けないタイミングでの親友の訪問にビックリしている。  「兄ぃが出てけって言ってんだろ? とっとと、あいてててててててて!!」  達郎の襟元を掴もうと伸ばしたチンピラの手首が、寸前に後ろから素早く伸びた颯太の手に掴まれた。  チンピラが颯太に掴まれた手を外そうと四苦八苦するが、さほど力が込められているように見えないのに、なぜだかびくともしない。  チンピラの白黒する顔と対象的に、颯太は涼しい顔をしている。 「くそ、ガキが! 離せ、離せ! があぁぁぁぁぁぁ!」 「おじさん、暴力は良くないよ? 暴力は」  颯太は左手でチンピラの手を()じり上げ、右手でチンピラの肩を優しくポンポンと叩いた。  その顔は、雑誌の表紙を飾るアイドルのように、とことん(さわ)やかな笑みを湛えている。 「ワシら、腹が減っておるんじゃ。食事にさせてくれんかのぅ」  言いながら達郎が、椅子に座っているヤクザを見た。  達郎の視線に気付いたヤクザがサングラス越しに達郎を()めつける。  が、その瞬間ハっとした顔をしてすぐ顔を背ける。    達郎は颯太に向かって微かに頷いた。  それを受けた颯太がチンピラの手首を離すと、余程痛かったのか、チンピラは颯太から距離を取りつつ自分の手をさすった。  手首に手の痕がクッキリ付いているのを見て、チンピラが目をひん剥く。   「兄ぃ、これ! 見てくれ、これ! 骨が折れた! 慰謝料請求しないと!」 「ヤクザが高校生にケガさせられたって言うの? みっともなくない?」  颯太の軽口を受けて、チンピラの目に殺意が浮かぶ。  だが。  「……帰るぞ、ヒロシ」  意外とあっさりとヤクザが立ち上がった。  配下のチンピラが、兄貴分のいつもと違う行動パターンに慌てる。 「え? 兄ぃ? 何言ってんすか! このガキから慰謝料取らねぇと!」 「いいから帰るぞ! 店長、名刺置いていきます。お気持ちが変わったら連絡ください」  ヤクザは名刺を一枚、懐から取り出すとテーブルに置いた。 「二度と来んな!」  最後のは、店員の少女の声だ。  ヤクザに対し、何とも勇ましい女の子がいたものだ。  二人はわざとらしく肩をすくめ、悠々と店を出て行った。   達郎はテーブルに近寄り、そこに置かれた名刺を手に取った。  そこには『(有)亀山興業(きやまこうぎょう) 雷門真人(らいもんまさと)』と書かれてある。  達郎は何かを考えるように、目を細めた。  乱れたテーブルと椅子を直していた颯太は、背中側から自分を見つめる少女の視線に気が付いた。  またナンパかと、ウンザリ顔で振り返った颯太の動きが止まる。 「和谷クン、凄い……」  そこには、白のカットソーにネイビーパンツといったカジュアルな服装に、『片桐飯店』とお店のロゴが入ったエプロンを着けた美少女が立っていた。  颯太は数秒少女を見た後、本気で首を捻った。 「……誰?」 「あ、この格好じゃ分からないかな? ほら、わたし」  少女がポケットから眼鏡を取り出し、掛けた。  ついでに頭に被った三角巾を外し、右手で長い後ろ髪をポニーテールのように無造作に掴んでみせる。   「んあ? 片桐? 何だ、委員長じゃねぇか! え、なに? バイト?」 「ひょっとして和谷クン、わたしのこと、眼鏡とポニーテールっていう記号で認識してる? ちょっと傷ついちゃうな」  少女、片桐沙良(かたぎりさら)がほっぺたを可愛らしく膨らませる。  その様子を見て颯太が慌てる。 「ごめん、ごめん。何か、あまりにも学校とイメージ違うから」 「わたしだってオシャレくらいするわよ。まぁいいわ。助けてくれたしね。ここ、お祖父(じい)ちゃんのお店なのよ。たまにこうしてお手伝いしてるの」 「そうなんだ。いや、実はオレも、今日は祖父ちゃんと一緒なんだ」 「そうみたいね。あ……なんか……ごめんね? 恥ずかしいとこ見せちゃって。まぁ、気にしないで食べてってよ。オススメは炒飯かな。パラッパラで美味しいよ」 「おぉ、食べる、食べる!」  修羅場が終わって安堵したのか、孫たちが楽しそうに話しているのを見る祖父母たちの顔が緩む。    そうこうしている内に、騒動が収まったと見たのか、再び客が入り始めた。  混み始める店内で、達郎と颯太は、片桐飯店の料理を思う存分堪能した。  ◇◆◇◆◇   「どうも、良くない連中が動いているようじゃのぅ」  車を走らせるなり、達郎が口を開いた。  先程のヤクザが追ってきていないか、達郎はバックミラーを見て確認したが、それらしき車は無かった。 「地上げ……かな? 今どきあんな典型的(ステロタイプ)なヤクザ、いるんだね」 「颯太、ワシのPCとスマホを同期させておけ。途中、トイレに行くついでに店の電話に盗聴器を仕掛けてきた。早ければ今夜にも何か動きがあるかもしれん。もしものときは動くぞ」 「オレもチンピラの襟に付けといたよ、盗聴器」 「……さすが我が孫、抜かりが無いわい」  達郎が含み笑いをする。  颯太も助手席に座ったままスマホを祖父のPCと同期させ、ニヤっと笑った。
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加