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第4話 ヤクザと少女と
二人して昼を摂ろうということになり飲食店街に行くと、その中の一軒の中華屋から、若い女性のものらしき怒鳴り声が聞こえてきた。
達郎と颯太は、思わず顔を見合わせた。
駆け付けた店には、片桐飯店と書かれた看板が掛かっている。
相当古い店のようで、壁に染み付いた油染みがこの店の歴史を物語っている。
喧騒を聞きつけて集まってきたのは達郎と颯太だけではないようで、店の前には既に人だかりができていた。
「おぉおぉ、スマンね。はい、ちょっと通してくださいね。ごめんなさいよ」
達郎と颯太は、ギャラリーを掻き分け、店に入った。
「ここは大事な店なの。売るつもりは無いって何度も言いましたよね!」
「沙良、やめておけ。放っておけって」
達郎と颯太が店に入ると、店の中央で白の三角巾を頭に、同じく白のエプロンを腰に巻いた少女が頭に湯気を立てながら、客に向かって怪気炎を吐いていた。
老人が後ろから少女を窘める。
「マスター、俺はアンタと話してるんだよ。ヒステリックなお孫ちゃん、引っ込めてくんないかな……おい、何だいあんたら。取り込み中だから出てってくれないか」
見るからにヤクザ者といった感じの中年男が、隅の椅子に座ったまま、店に入ってきた達郎と颯太をサングラス越しにチラ見して、面倒臭そうに声を掛ける。
店内には、人が五人ほどいた。
エプロン姿の少女。その後ろに立つ老いた店主。店主に寄り添う女房と思しき女性。そして、それに相対して立つペイズリー柄のシャツにサスペンダー付きの白ズボンを履いたチンピラと、隅の椅子に座ってタバコを吸う、ダークスーツにオールバック、黒のサングラスの、ひと目で堅気で無いと分かる中年男。
この男たちに軒並み追い出されたのか、店内に他の客の姿は全く無い。
五人の視線が一斉に達郎と颯太に集まる。
「よぅ、健ちゃん。今日は孫を連れてきたんだ。ここ座っていいかな?」
「達っちゃん!」
達郎がヤクザの忠告を無視して、店主に向かって笑顔で話しかける。
店主は店主で、思いも掛けないタイミングでの親友の訪問にビックリしている。
「兄ぃが出てけって言ってんだろ? とっとと、あいてててててててて!!」
達郎の襟元を掴もうと伸ばしたチンピラの手首が、寸前に後ろから素早く伸びた颯太の手に掴まれた。
チンピラが颯太に掴まれた手を外そうと四苦八苦するが、さほど力が込められているように見えないのに、なぜだかびくともしない。
チンピラの白黒する顔と対象的に、颯太は涼しい顔をしている。
「くそ、ガキが! 離せ、離せ! があぁぁぁぁぁぁ!」
「おじさん、暴力は良くないよ? 暴力は」
颯太は左手でチンピラの手を捩じり上げ、右手でチンピラの肩を優しくポンポンと叩いた。
その顔は、雑誌の表紙を飾るアイドルのように、とことん爽やかな笑みを湛えている。
「ワシら、腹が減っておるんじゃ。食事にさせてくれんかのぅ」
言いながら達郎が、椅子に座っているヤクザを見た。
達郎の視線に気付いたヤクザがサングラス越しに達郎を睨めつける。
が、その瞬間ハっとした顔をしてすぐ顔を背ける。
達郎は颯太に向かって微かに頷いた。
それを受けた颯太がチンピラの手首を離すと、余程痛かったのか、チンピラは颯太から距離を取りつつ自分の手をさすった。
手首に手の痕がクッキリ付いているのを見て、チンピラが目をひん剥く。
「兄ぃ、これ! 見てくれ、これ! 骨が折れた! 慰謝料請求しないと!」
「ヤクザが高校生にケガさせられたって言うの? みっともなくない?」
颯太の軽口を受けて、チンピラの目に殺意が浮かぶ。
だが。
「……帰るぞ、ヒロシ」
意外とあっさりとヤクザが立ち上がった。
配下のチンピラが、兄貴分のいつもと違う行動パターンに慌てる。
「え? 兄ぃ? 何言ってんすか! このガキから慰謝料取らねぇと!」
「いいから帰るぞ! 店長、名刺置いていきます。お気持ちが変わったら連絡ください」
ヤクザは名刺を一枚、懐から取り出すとテーブルに置いた。
「二度と来んな!」
最後のは、店員の少女の声だ。
ヤクザに対し、何とも勇ましい女の子がいたものだ。
二人はわざとらしく肩をすくめ、悠々と店を出て行った。
達郎はテーブルに近寄り、そこに置かれた名刺を手に取った。
そこには『(有)亀山興業 雷門真人』と書かれてある。
達郎は何かを考えるように、目を細めた。
乱れたテーブルと椅子を直していた颯太は、背中側から自分を見つめる少女の視線に気が付いた。
またナンパかと、ウンザリ顔で振り返った颯太の動きが止まる。
「和谷クン、凄い……」
そこには、白のカットソーにネイビーパンツといったカジュアルな服装に、『片桐飯店』とお店のロゴが入ったエプロンを着けた美少女が立っていた。
颯太は数秒少女を見た後、本気で首を捻った。
「……誰?」
「あ、この格好じゃ分からないかな? ほら、わたし」
少女がポケットから眼鏡を取り出し、掛けた。
ついでに頭に被った三角巾を外し、右手で長い後ろ髪をポニーテールのように無造作に掴んでみせる。
「んあ? 片桐? 何だ、委員長じゃねぇか! え、なに? バイト?」
「ひょっとして和谷クン、わたしのこと、眼鏡とポニーテールっていう記号で認識してる? ちょっと傷ついちゃうな」
少女、片桐沙良がほっぺたを可愛らしく膨らませる。
その様子を見て颯太が慌てる。
「ごめん、ごめん。何か、あまりにも学校とイメージ違うから」
「わたしだってオシャレくらいするわよ。まぁいいわ。助けてくれたしね。ここ、お祖父ちゃんのお店なのよ。たまにこうしてお手伝いしてるの」
「そうなんだ。いや、実はオレも、今日は祖父ちゃんと一緒なんだ」
「そうみたいね。あ……なんか……ごめんね? 恥ずかしいとこ見せちゃって。まぁ、気にしないで食べてってよ。オススメは炒飯かな。パラッパラで美味しいよ」
「おぉ、食べる、食べる!」
修羅場が終わって安堵したのか、孫たちが楽しそうに話しているのを見る祖父母たちの顔が緩む。
そうこうしている内に、騒動が収まったと見たのか、再び客が入り始めた。
混み始める店内で、達郎と颯太は、片桐飯店の料理を思う存分堪能した。
◇◆◇◆◇
「どうも、良くない連中が動いているようじゃのぅ」
車を走らせるなり、達郎が口を開いた。
先程のヤクザが追ってきていないか、達郎はバックミラーを見て確認したが、それらしき車は無かった。
「地上げ……かな? 今どきあんな典型的なヤクザ、いるんだね」
「颯太、ワシのPCとスマホを同期させておけ。途中、トイレに行くついでに店の電話に盗聴器を仕掛けてきた。早ければ今夜にも何か動きがあるかもしれん。もしものときは動くぞ」
「オレもチンピラの襟に付けといたよ、盗聴器」
「……さすが我が孫、抜かりが無いわい」
達郎が含み笑いをする。
颯太も助手席に座ったままスマホを祖父のPCと同期させ、ニヤっと笑った。
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