第5話 失踪

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第5話 失踪

 夜九時。  和谷達郎(わやたつろう)は昼に続き、再び、長年の親友でもある片桐健吾(かたぎりけんご)が営む中華料理店・片桐飯店を訪れた。    暖簾(のれん)は既に仕舞われ、営業時間が過ぎていることを示しているが、店内の明かりはまだ点いていた。 「ごめんよ」  達郎が店の入り口を開けると、中には六人の男女の姿があった。    達郎と同い年の老店主・健吾とその妻。そして健吾の息子夫婦の四人。  それに、昼間店に現れたヤクザ・雷門(らいもん)と手下のチンピラ・ヒロシの計六人だ。  慌てて駆け寄る健吾の顔が真っ青になっている。 「達っちゃん! なんでここに?」 「すまんすまん、ちょっと小腹が空いてしまってな。さすがに閉店してるだろうとは思っていたんだが、余りものでも食べさせて貰えんかと思って寄ってみたんだ。ほら、昼食べた炒飯が美味かったからつい。……ひょっとして取り込み中だったかな?」 「それが……」  健吾が店の奥にふんぞり返って座っているヤクザたちをチラ見しつつ、達郎の耳に口を寄せる。 「実は、四時にはここを出たはずの沙良(さら)がまだ家に帰ってないんだ。スマホも繋がらないし。心配していたところにコイツらがまた現れて。やはり、沙良の失踪とコイツらは関係あるんだろうか」 「おいおい、マスター。変な言いがかりは止めてくれよな。俺たちは店が終わった時間を見計らって、再度売買の交渉に来ただけなんだから」  ヒロシが椅子にふんぞり返ったまま、テーブルに置いたアタッシュケースをバンバン叩く。  アタッシュケースの中身はまず間違いなく現金だろう。  ヒロシの顔が笑いを湛え、ニヤニヤしている。  言葉には出さないものの、孫を取り返したかったら店を売れということだろう。  汚い手を使う。  上役の雷門はというと、こちらはサングラスを掛けているからか表情が全くうかがい知れない。  だが達郎は確実に視線を感じていた。  間違いなく、サングラス越しに雷門に観察されている。  達郎は気付かぬふりをして、そっと隅の椅子に座った。 「まぁ、焦ってもしょうがない。お友達と盛り上がって時間を忘れてしまっているのかもしれないし。もう少し待ってみようじゃないか」 「し、しかし!」  達郎はヤクザたちに見えないよう、焦る健吾にそっとウィンクをした。  健吾もそれに気付く。  達郎に何か作戦があるということだ。  今は焦らずそれを信じよう。  健吾は家族の傍に戻ると、寄り添って座った。    当然のことながら、達郎はここまでの事態を全て把握していた。  ――やれやれ、盗聴器をセットしておいて良かったわい。だが、こんなにも早く事態が動くとはな。  達郎は右手でさりげなく右耳の辺りを軽く触りながら(つぶや)いた。 「確認が取れた。もう動いていいぞ、颯太(そうた)」  誰にも聞こえないようインカムに向かって小さな声で呟くと、達郎は椅子に座ったまま目を(つむ)った。   ◇◆◇◆◇  片桐沙良(かたぎりさら)は、薄暗い店内の一番奥に設置された黒の革張りソファに座らせられていた。  縛られてこそいないが、周りをガラの悪い男女に囲まれ、逃げ出すことは不可能だ。  繁華街で拉致られこの店に連れ込まれたが、以来、沙良はひと言も発していなかった。  だが、その瞳からは闘志は消えていない。  その顔は、諦めの表情を浮かべていない。  この状況からでも何とか逃げ出すチャンスが無いか、探っているようにも見える。   入り口からほど近い場所にはビリヤード台が六面置かれ、壁際にはダーツの的が五個ほど掛けてある。  隅にあるバーカウンターの隣では、古びたピンボールマシンがそれでもまだ現役なのか、二台、電子音を立てている。  ここは俗に言うプールバーだ。  それなりに人気の店のようで、客も多い。  ビリヤード台もダーツもピンボール台も、全て埋まっている。  ただし、その客のほとんどが黄色いバンダナを服や身体のどこかに付けているところを見ると、どうやら同じストリートギャングの一員のようだ。  全員合わせて三十人といったところだが、みな若い。  見た感じ沙良とほぼほぼ同年代で、いっても二十代半ばというところだろう。   「タケシ! ヒロシさんからは、まだ連絡来ないのかよ」  ウィスキーの入ったグラスを片手にビリヤードをやっていた少年の一人が、ソファにふんぞり返っている仲間の一人に声を掛ける。  ソファの中央。沙良の隣に座っている、頭に雷のようなソリコミを入れた少年が、タバコをふかしながら気だるそうにビリヤード少年を見る。 「まだだ。待つしか無ぇだろ。OKが出たら女は好きなようにしていいから、もうちょっとだけ待て」  リーダーの宣言を受けて、周囲の男どもが歓声を上げる。  下品な口笛の合唱が起きる。 「俺、一番!」 「待てよ。この勝負に勝った方が一番ってのはどうだ?」 「それ、俺も乗るぜ! こういう気の強そうなタイプって好みなんだよ」 「よしよしよし、参加者は集まれ。ついでに誰が勝つかの賭けもやろうぜ」 「ならトオルに一万だ!」 「じゃ、俺はケンジに二万賭ける!」  目に怒りの炎を宿した沙良は、自分を景品に賭けに興じる男どもを睨みつけながらも、意地でもひと言も発すまいと、口をギュっと結んだ。  その時だ。  カランコローン。  店の入口に取り付けられたカウベルの音とともに、店のドアが開いた。
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