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第8話 憂鬱な放課後
「ちょっと片桐! あんた今朝、颯太クンと一緒に登校してきたわよね。まさか付き合ってるとかじゃ無いでしょうね」
放課後、片桐沙良が昇降口を出ようとすると、脇から伸びてきた手にいきなり腕を掴まれ、乱暴に引っ張られた。
困惑する沙良の背中が後ろからも押される。
前から引っ張られるのと後ろからの押されるのとで、あれよあれよという間に沙良は物陰に連れて行かれて、校舎に背中を押し付けられた。
山下、三ツ谷、橘。
三人とも、沙良と同じクラスの生徒だ。
山下と三ツ谷が沙良に顔を寄せた。
二人とも目を吊り上げて怒っている。
後ろに付き従ってきた橘は、オロオロしながらこの様子をチラチラ見ている。
ムっとした沙良は、山下と三ツ谷を睨みつけた。
「山下さんに三ツ谷さん。橘さんまで。いきなり何よ」
沙良はクラス委員長をしているが、ただ勉強ができるだけのタイプでは無い。
ヤクザに啖呵を切るくらい、直情径行なところがある。
やられて黙っている大人しい子では無いのだ。
にしても、このメンバーとは。
山下、三ツ谷の二人は普段から勝ち気な性格なのでまぁ分かる。
だが普段物静かな橘まで……と、そこで思い当たった。
――三人とも同じ外の中学出身で、高校から海東学園に来た組だ。見張り役で無理やり連れて来られちゃったか。あーあ、可哀そうに。
「言ったとおりよ。いつの間に颯太クンと登校する仲になったのよ!」
山下の顔が、感情の高ぶりで強張っている。
真実を聞きたい反面、聞きたくない真実が出てきたらどうしようという恐怖心もあって、苛立っているという感じだ。
――そっか、この子たち、和谷クンのこと……。
だが、喧嘩を売ってきたのはこの子たちだ。
沙良が優しくしてやる義理は無い。
何を言ってやろうかと沙良が口を開いたまさにその瞬間、三人の後ろに新たな人影が立った。
「何の話? オレも混ぜてくんない?」
「和谷クン!」
「そ、颯太クン?」
全員の視線が颯太を捉える。
好きな人に脅しの現場を見られるという大失態を演じてしまったからか、三人は見るも憐れなくらい慌てている。
「あーー、なんか誤解があるようだから言っとくけど、今オレは委員長のボディガードをやってるんだ」
「ど、どういうこと?」
三人が顔を見合わせる。
「オレんとこの祖父ちゃんと委員長のとこの祖父ちゃんが幼なじみでさ。最近、委員長がストーカー被害にあってるようだから、しばらく守ってやってくれって頼まれたのさ。そんだけ。なにか問題でもあるか?」
「無い無い。そうなんだ、付き合ってるわけじゃないんだ……」
三人が、あからさまにホっとした顔をする。
「もういいか? こっちは報酬前借りして『Nightmare 』のライブチケット買ってんだ。依頼を失敗したら目も当てられねぇ。頼むからオレの邪魔をしないでくれよ?」
その言葉に少女たちの目が輝く。
「ウソ! 颯太クン、ナイトメアのライブ行くの? わたしも一緒に行きたい!」
「わたしも!」
「え、えっと、わたしも……」
三人組が興奮顔で挙手する。
颯太が山下のおでこを人差し指で優しくつついた。
「バーカ。チケットは即日完売で、もう手に入らねぇよ。っと、そろそろいいか? あんまり遅いと、祖父さんズからお叱りの電話が掛かってきちまう。三人とも、じゃあな」
「分かった。頑張ってね、颯太クン!」
「また明日ね!」
「ま、またね!」
三人は、いそいそと去っていった。
嵐が去ってホっとした半面、沙良は内心かなりへこんだ。
――これからカラオケでも行って、わたしの悪口で盛り上がるんだろうな。
想像して、沙良はため息をついた。
「なんか言ったか?」
「べっつに」
沙良は歩きながら、昨夜の誘拐劇のことを思い出した。
あの誘拐が、地上げと無関係だと思う方がどうかしている。
一度逃れたとはいえ、沙良が狙われている状況は全く変わっていない。
あの手の輩による嫌がらせは、店を手に入れるまで続くだろう。
――それにしても。
沙良は颯太をチラっと見た。
颯太はかなりモテる。
百八十センチ近い身長に甘いマスク。それでいて抜群の運動神経。
ここ、海東学園は、中等部と高等部が同じ敷地内に存在している。
颯太も沙良もエスカレーター組で、一緒のクラスになったのこそ初めてだが、沙良はずっと颯太の存在は知っていた。
颯太がとにかく目立つからだ。
勉強はあまりできる方では無いが、運動に関して、颯太は中学のときから抜きん出ていた。
特に特定の部活に入っているのを見たことは無いが、その卓越した運動神経ゆえ、数々の部活から助っ人に呼ばれていた。
そしてその多くの場合、正規の部員より遥かに上手く活躍していた。
そんなもの、モテない訳がない。
颯太は気付いていないようだが、颯太ファンの女子の間では、抜け駆け禁止という暗黙のルールが敷かれている。
そんな颯太を、意図せずとはいえしばらく独占することになってしまった沙良がやっかみの対象となるのは、ある意味当然とも言える。
しかも、妬みの視線を送ってくるのは同学年の子だけではない。
いずれ、颯太が沙良をガードしていることは学園中に知れ渡り、キッチリ六学年分の女生徒から恨まれることになるだろう。
でも、ちゃんと理由のあることなので、できればそういった感情を向けるのは勘弁願いたいと、沙良は心底思った。
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