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第9話 カラテガール
沙良を無事家へ送り届けた後、真っ直ぐ自宅へ帰ると思いきや、颯太は丘の上の住宅街にある祖父の家に向かった。
昨夜遅くまで外にいた分、今日はしっかり勉強を、などと考えないところが颯太らしい。
「先輩? 颯太先輩じゃないですかー!」
繁華街に入ったところで、颯太は後ろから声を掛けられた。
振り返ると、艶やかな黒髪をツインテールでまとめた少女が、ニコニコしながら立っていた。
薄ピンクのシュシュがとても良く似合っている。
少女は背中に通学用リュックを背負っていた。
目が大きく、なかなかに可愛らしい。
だが、少女はとにかく小さかった。
身長は百四十センチくらいしか無い。
「こんなところで会えるなんて、偶然ですねーー!」
少女が手を振りながら、満面の笑顔で駆け寄ってくる。
だが、少女の笑顔とは対照的に、颯太の顔がみるみる困惑の色を帯びる。
「えっと、小学生に知り合いはいないはずだけど……誰だっけ?」
バシっ!
その瞬間、綺麗な音を立てて、少女の回し蹴りが颯太の腰の辺りにヒットした。
ノーモーションでいきなり蹴りが飛んできた為、さしもの颯太も対応不可能だったのだ。
「痛ぇ!!」
にしても、油断していたとはいえ颯太に一撃を加えられるとは。
少女の目が怒りで吊り上がっている。
「これでも高校一年生です!」
「あいてててててて。この蹴りは、佐倉? ひょっとしてお前、佐倉桜花か?」
「わたしを思い出すキーワードが蹴りってどういうことですか!」
ふしゅぅぅぅ。
桜花は深い呼吸をしながら両掌を開き、軽く前に出した。
足は猫足立ち。手は前羽の構え。完全に臨戦体制だ。
颯太は苦笑いを浮かべた。
「懐かしいな、佐倉。一年振りか。……ってお前、背、縮んだんじゃないか?」
「わたしの背が縮んだんじゃなくて、先輩の背が伸びたんでしょ、ニョキニョキと!」
桜花が、すっと右足を引く。
同時に、目がゆっくりと細まる。
「待て待て、分かった分かった。ふぅ。お前、蹴りの威力が増したんじゃないのか? さすが、リトル・カラテマスター」
「リトルだけ不要です!」
鋭い音を立てて飛んできた前蹴りを、颯太は右手で無造作に受けた。
と、桜花の蹴りが颯太の右掌に当たった瞬間、颯太は右手首を流れるように翻し、跳ね上げた。
桜花の蹴りの勢いをそのまま利用、増幅させた形だ。
颯太の動きは、さほど大きなモノでは無かった。
実際、当の桜花にさえ何が起こったのかさっぱり分からなかったくらいだ。
だが、効果は絶大だった。
桜花の身体は、空中で綺麗に一回転して颯太の腕の中にスポっと収まった。
相対していたはずが、いつの間にかお姫様抱っこされている。
桜花は大きな目をパチクリさせた。
桜花をお姫様抱っこしたまま、颯太は桜花に向かってウィンクをしてみせた。
思わず顔を赤らめた桜花が、颯太の腹をぽかぽか叩く。
「相変わらずの謎武術は健在ですね。何なんです? それ。合気? 柔術?」
「ま、そんなようなもんだ」
颯太はニヤっと笑うと、桜花をそっと地面に降ろした。
「佐倉も怠けず鍛錬に励んでいたようで偉いぞ。どれ。ご褒美にお兄さんがアイスでも買ってあげよう」
「やったぁ! 先輩、大好き!」
桜花が颯太の腕に抱きつく。
全幅の信頼を寄せているのか、身長差を気にせず、桜花は腕を組んでピトっと颯太に寄り添う。
なんとか機嫌を回復させた颯太は、苦笑をしつつも桜花を促して歩き出した。
颯太が買ってあげた三段重ねのアイスクリームを舐め終わる頃には、桜花の機嫌は、すっかり直っていた。
◇◆◇◆◇
遠くから、どこかで聞いたような童謡が聞こえてくる。
丘の上に設置されたスピーカーから流れる防災無線だ。
アイスだけでは足りず、更にタコ焼きを平らげ、ゲームセンターで目一杯遊んだ颯太と桜花は、慌てて腕時計を確認した。
もう五時だ。
まだ辺りは明るいが、そろそろ帰る時間だ。
二人して歩いて繁華街を抜けようとして、不意に桜花が立ち止まった。
「じゃ、ここがわたしの目的地なんで。今日はご馳走様でした、先輩」
「え? お前、ここって……」
桜花と一緒に雑居ビルの前で立ち止まった颯太は看板を見た。
一階のテナントに、男性の写真入りでデカデカと『佐倉しんぺい事務所』と書いてある。
「うちのパパ、区議会議員をやってるんです。ここがその事務所。ここ数日忙しくて泊まり込んでるんで、娘のわたしが洗濯物の回収に来たというわけです」
桜花が両掌を上に向け、ウンザリ、といったポーズをする。
だが、そうやって悪態をつく割には父親が誇らしいようで、その背中が心持ち反り返っている。
「へぇ。家のお手伝いをするだなんて偉いじゃないか、佐倉」
「えへへ。一人娘ですから! で、先輩はどちらへ? お宅、こっちでしたっけ?」
桜花が小首を傾げる。
仕草が人形みたいで、いちいち可愛い。
「オレは山手通り。祖父ちゃんの家があるんだ。じゃ、またな」
桜花が事務所前で、ブンブン手を振る。
まるで、嬉しくてしっぽを振る子犬みたいだ。
颯太も軽く手を振って応え、そこを離れた。
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