第1話 reborn

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第1話 reborn

 フヒュン! ゴッ! カッ!   ドカカァァァァァァァァァン!!!!  そこにいたほぼ全ての人が、口をあんぐり開けつつその視線を空に向けた。  それもそのはず。炎に包まれたパトカーが二台、空を舞っている。  スマホを覗き込んで一連の流れをずっと撮影していたギャラリーたちも、あまりの出来事にスマホから目を離した。  だが、空白の(とき)は、それほど長い時間では無かった。  ヒュルルルルゥゥ……ガカッ、カッ!   ドッガァァァァァァァァンンン!!  (ちゅう)に浮いたパトカーは、あっという間に弧を描いて落ちて来ると、傍にあった他のパトカーに上から突っ込んだ。  飛び散った火花とガソリンが更なる大爆発を引き起こし、耳をつんざく爆発音と熱風が一瞬で交差点を駆け抜けた。  黒煙が、周囲のビル群をさえ越え、もうもうと立ち上がる。  帝都湾に面した海東区。  観光の名所として人気が高く、いつ来ても、そしてどこへ行っても観光客で溢れているこの街の中心部において、今、事件が起きていた。  発端は、宝飾店を襲った武装強盗だった。  店員が密かに緊急ボタンを押したところ、たまたま近くを通り掛かった巡回中のパトカーが急行することとなり、即座に店舗への立て籠もり、及び銃撃戦が始まった。  警察の動きは素早く、あっという間に海東区一、人通りの激しいスクランブル交差点を封鎖し、中央付近に応援のパトカーを何台も集めた。  そして、いざ本格的に交渉を、となった瞬間、宝飾店から白煙を噴いて飛んで来た高速物体が、そこにあったパトカーを(そら)高く吹っ飛ばしたのである。  警察の張ったバリケードテープの外でワイワイ騒ぎながらスマホを向けていたギャラリーが、熱風を叩きつけられ、悲鳴を上げて一斉に逃げ出す。  完全にパニックだ。  ほんの数時間前まで平和だった街のスクランブル交差点のど真ん中で、パトカーを使ったキャンプファイアが盛大に焚かれている。 「退避! 総員退避ぃぃぃぃ!!」  一際(ひときわ)背が高い、グレーの薄手のコートを羽織った刑事が大声で叫んだ。  警察も抵抗の様子から、どうにも武装が整い過ぎているとは思ったが、よりにもよって街中でロケットランチャーをぶっ放すとは思わなかったのだ。  その場で茫然と立ち尽くしていた警官たちが、我に返って慌てて避難する。  現場が一気に騒然とする。  直上を陣取り、夕方のプライムニュースで生中継していた報道のヘリも、巻き込まれる事を恐れ、急いで距離を取った。 「おぅおぅおぅ、やってくれるぜ」  事件現場から一キロも離れた、高さ二百メートルの高層マンションの屋上からその様子を一人眺めていた男が(つぶや)いた。  男は、身長百八十センチ近い長身にチャコールグレーのスリムタイプスリーピーススーツを着込み、足首まで届こうかという臙脂(えんじ)色のマントを羽織っていた。  極めつけは目の辺りを覆うヴェネチアンマスクだ。  臙脂色の地に、芸術品を思わせるほど精緻な銀の意匠が入っている。  髪はオールバック。  その姿は、まるで海外コミックのヒーローだ。  命綱(いのちづな)一本着けることなく三メートルの高さの屋上フェンスの外側に立った男は、(まと)ったマントが強風に激しくたなびく中、右手の人差し指をこめかみに当てた。    ピッピピッ……。  男の目を覆ったヴェネチアンマスクがスマートディスプレイを兼ねているようで、画面がズームすると同時に、情報が男の視界いっぱいに次々に表示される。  映ったのは、男の位置から実に一キロ先にある、先ほどのスクランブル交差点だ。  そろそろ帰宅ラッシュが始まるという忙しい時間帯にも関わらず、警察が海東区一の大通りにある交差点を全面通行止めにして一般車に迂回を強いているせいで、ただでさえ大渋滞を招いているところへのロケットランチャーによる迫撃だ。  地上は逃げ惑う人々で大混乱となっている。 「親父もこんな時間から災難だよ。こりゃ今夜も帰りが遅いな」  男のディスプレイの中央に、先ほど警官隊に避難指示を出した刑事の姿が映っている。  してみると、この二人は親子なのか。 『こちらホワイト。REDカーよ。和谷(わや)クン、警察無線と建物内に設置した監視カメラを解析した限りでは、立て籠もり犯は十名。人質となった店員、客は合わせて三十名ほど。犯人はいずれもショットガンを始め、凶悪な銃器で武装しているわ』  男――和谷颯太(わやそうた)が着けたヴェネチアンマスク内蔵のインカムから、若い女性の声が聞こえてくる。  店内の映像が颯太の視界に次々に表示される。  だが、元から店内に設置されていた監視カメラは、強盗団が、いの一番に破壊している。  これは、潜入した仲間が新たに仕掛けた超小型カメラの映像だ。   「映像バッチリだな。ホワイト、逃走ルートのシュミレーションをしておいてくれ。ブラックとピンクは……潜入中で返信は無理か。無事ならいいけど」 『二人とも識別コード・グリーンでビーコンを正常に発信し続けているから多分大丈夫だと思う。二人を信じましょう』 「よし。三人とも、ミッションスタートだ! フォロー頼んだ!!」  言うが早いか、颯太は幅三十センチしかない高層マンションのヘリを事件現場の交差点に向かって走り出した。  その走りに恐れや迷いは一切無い。  走りながら、左手首に装備した端末を操作する。   あっという間にマンションの端まで来ると、颯太は躊躇(ためら)い一つ見せず、空に向かって勢いよくジャンプした。  落下に入ると、即座に羽織った真っ赤なマントの内部骨格が硬化し、マントがグライダーへと変化した。  同時に、マント内部のジェットが起動する。  颯太は、マンション群、ビル群の隙間を縫い、一直線に立て籠もり現場を目指して飛んだ。  と、報道ヘリのすぐ横を高速で通り過ぎる。  キャビン横のスライドドアを開けてカメラを構えていたクルーが、颯太に気付いて慌ててカメラを向けるも、赤い流星と化してあっという間に通り過ぎた颯太の後ろ姿を撮るので精一杯だ。 『ご覧ください! 赤マントです! 赤マントが現れました!!』  同乗していた女性リポーターが絶叫する。  スクランブル交差点がみるみる近づいてくる。  颯太の視界――スマートディスプレイに、こちらを確認しようとパトカーの屋根に飛び乗る父・光太郎の姿が写る。  海東警察の刑事課所属の父・和谷光太郎は、赤マントが息子・和谷颯太であることを知らない。  ひょっとしたら疑っているかもしれないが、確証は持てていない。  苦虫を潰したような表情をし、腕組みをして睨みつけてくる父のすぐ脇を、颯太は高速で通過した。  知らず颯太の頬が緩む。  颯太は滑空しながら、再び左手首の端末を操作した。  ダービーシューズの靴底が中心線に沿って綺麗に開くと、そこから小さな車輪が飛び出した。  ローラーブレードだ。  キュィィィィィィィン!!  タイヤがプラズマを放ちつつ、静かに、だが高速で回転する。  次の瞬間、颯太は身体を捻って足を宝飾店に向けると、店舗の特大ガラスに向かって身体をドリルのように回転させつつ足から突っ込んだ。  ガッシャァァァァァァン!!  ブレードの微細振動によるものか、店舗の前面を飾る強化ガラスが粉々に砕け散る。  颯太は店舗の床をローラーブレードで滑走しながら衝撃を殺した。  その場でギュルギュルっと回転しつつ止まった颯太に、七丁のマシンガンが一斉に向けられる。  颯太は恐れる様子も見せず、室内に目を向けた。  自分に銃を向けている者が七名。  片隅に集められた店員や客たちに銃を向けている者が二名。  だが情報によれば犯人は十名。あと一名、どこか別の場所にいる。  颯太は室内を油断なく観察しながらローラーブレードを仕舞った。 「貴様、何者だ!!」  リーダー格らしき男が颯太を誰何(すいか)する。  見ると全員、揃いの黒の目出し帽を被り、黒のブルゾンを着ている。  銃の扱いを見る限り、素人ではない。  颯太は服に着いた埃を優雅に払うと、その場で華麗にタップを刻んだ。  呆気に取られる犯人たちの前でマントを(ひるがえ)しながらクルっと一回転すると、右手で指を鳴らしつつ、人差し指をリーダーに向かってビシっと突き付けた。 「我が名は赤マント。さぁ、舞踏會(パーティ)を始めやうか」    赤マントは犯人たちに向かって、不敵に笑ってみせた。
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