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お見合い
両家の親同士が談笑する中、見合い中だというのに、タダ飯に釣られてやってきた俺はぼんやりと窓の外に広がる美しい庭園を眺めている。チラリと相手の男を見るとずっと下を向いたまま。かわいそうに。
この俯いている男の両親は全国にホテルを展開している会社を経営している。彼はその会社で秘書をしているらしい。
俺の両親も会社を経営しているが比べ物にならないくらい格差がある。しかも俺は次男。そんな俺と見合いをさせられているのだからそりゃ俯きたくもなるというものだ。
特に秀でたところもなく会社を継げる訳ではない俺は親の会社とは全く関係がない薬の開発の仕事をしていて、人よりも少し高い給料をもらっているとは思うけれど、ただの会社員でしかない俺に、なぜこんなお坊ちゃんとの見合い話が降って湧いたのか分からずにいる。長男である兄ならまだ理解できるのだが。
まっ、うまくいくことはないだろう。視線を目の前の料理に移し、のんびりと舌鼓を打つ。
「せっかくだから二人でお話したら?」
お吸い物に口をつけてうまいと感動していた俺に、相手の母親がにこやかにそう言った。せっかくって何?話すことなんてないだろうに。
「よろしいですか?」
意外なことに俯いたままの男がか細い声でそう発言した。
「あっ、はい」
親の顔を立てたいのかもしれない。隣から絶対にものにしろと言わんばかりの強烈なプレッシャーを感じる。無理無理と心のなかで呟いて彼と一緒に部屋を出た。
「ロビーにあったカフェにでも行きます?」
「はい」
またまた小さい声で呟いた。
小さい。隣に並ぶと俺の肩よりも少し低い位置に彼の頭はあった。190cm近くある俺がでかすぎるのかもしれないが。彼からは少し甘い匂いがした。それがとてもいい香りで好みだった。
店に入ってコーヒーを注文する。彼は紅茶を頼んだ。会話は弾むはずもなく沈黙が続く。
「あの……」
沈黙を破ったのは彼だった。
「なんですか?」
「どうして、今のお仕事をされてるんですか?」
「うーん……」
どうしてと言われても……自分の性にあっていたのとあとひとつは……。
「昔約束をしたから……ですかね」
「約束?」
「えぇ。幼い時に何でも治せる薬を作ってあげると約束した子がいて。その子の顔とか思い出せないのにそれがなぜかずっと心の中に残っていて。あとはまぁ、研究が好きなので」
その子の顔が思い出せないというのは嘘だ。なぜなら俺の初恋相手であるその子の面影をずっと追い求めているのだから。
「素敵ですね」
そう言って彼は少し頬を染めて微笑んだ。その微笑みがあまりにもかわいくて不覚にも見惚れてしまう。高嶺の花にときめいても無駄だというのに。
それからはまた沈黙が続いて、互いにカップを口に運んでは喉を潤すをひたすら繰り返した。空になったカップを見つめて「戻りましょうか」と告げると少し間が空いた後に「はい」と彼は答えた。
部屋に戻ったあとはすぐにお開きとなって、俺の人生初のお見合いは幕を閉じた。
興奮しっぱなしの親たちを、どうせうまくいかないってと冷めた目で眺める。彼から発せられる甘い香りもあの微笑みもものすごく好みで、そしてどことなく初恋の子を彷彿とさせる見た目をしていたのに……残念だ。
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