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バサッ……。
きらりと月光が銀色の裁ちばさみに反射して、約2年間ずっと大切に手入れしていた私のツインテールは案外軽い音を立てて床にハラリと落ちた。
鏡の中にいるのはふんわりとしたフリルの黒いスカートにピンク色の肩出し長袖ブラウスを身にまといながらも、顔のメイクがこれ以上ないほど崩れた少女。
世間一般的に言うなら地雷系女子といわれる恰好なのだろうがお世辞にも可愛いとは言えない。
私は床に落ちてしまった大き目のリボンで束ねられたそれを乱雑につかんでじっと見つめた。
「これで最後だ……ゆうくんの好きなもの」
付き合って3年になる彼氏のゆうくんが浮気をした。
ずっと前から相手してくれないし、ラインの返信も遅かったけどそれは仲が良くなってきてる証拠だって自分に言い聞かせてた。
それがいけなかったのかなぁ。昨日バイトの帰りに知らない女の子とゆうくんがキスしてたの見ちゃった。その時胸がきゅってして、思わず隠れちゃったの。
あんな気持ち初めてだったなぁ。
人を好きになったのもゆうくんが初めてだったけど、こんな気持ち知りたくなかったなぁ。
そのあとは二人がホテルに入っていくのを黙ってみてた。
自分の見間違いだってラインしてみたんだけど、彼は相変わらずそっけない。
どこにいるのと問い詰めたかったけど、それは怖くてできなかった。
なんで浮気されたのに怖いの?嫌われるのが怖いの?
最近よく見る漫画だったらここで復讐とか決意するんだろうけどもう私にはそんな気力もなかった。
黙って家に帰ってただひたすらに泣いた。
きっとこの恋は実らない。いやだ、いやだよ。私もっとゆうくんの好きな人でいたいよ。
私は首にかけていたおそろいのペアリングを噛んだ。
不安になってもこれを噛めば落ち着いたのに、今日は落ち着かないや。
ゆうくんのために高いお洋服も買って、ゆうくんのためにあんなつらいバイトしてたのに。
頑張れば報われるんじゃないの?全然報われない、ただ辛いだけだよ。
「もう嫌い、ゆうくんなんて嫌い。ゆうくんが好きだって言ってたものも嫌い」
辛くて辛くて思ってもないことを自分に刷り込むように口に言葉を乗せれば案外そう思えてきて、私は部屋の中にあったっゆうくんの好きだったものを手当たり次第に捨てていった。
ちょっと高めの大人な香りの香水、きれいな砂時計、ゆうくんの歯ブラシ、二人で買ったイルカのぬいぐるみ。
ゴミ袋に詰めてしまえば私の部屋は家具以外何もなくなってしまった。
ゆうくんの痕跡を消したら少し楽になった気がして私はその場にへたり込んだ。
「もっと、もっと捨てればこの重い気持ちは楽になるのかな」
もっと、もっと捨てなきゃ。この気持ちが消えるまで。
私はもっともっと捨てていった。ゆうくんの家族、浮気相手、親友。
みんなみんな捨てちゃって思いつくものがなくなってきちゃった。
でもまだ気持ちは重い。まだ何か捨てるもの……。
ふと手鏡が目に入った。そこに写ったのはただの赤い化け物。
私、いつのまにこんな汚れてたんだろう。
「あ」
そういえばゆうくんが私に声かけてきたのってツインテールが好きだからだったっけ。
じゃあこれも捨てちゃお。
そして私は私のツインテールを切った。
そしてそのツインテールだったものを自分の首にあてる。
「これでもっと楽になれるよね」
苦しいのは一瞬だけ。足がよろけて床に倒れれば今までで一番楽で甘美な時間が広がった。
あぁ楽だ。
「二日前、自殺した可能性の高い16歳の少女が都内ホテルで死亡していたのが確認されていましたが、今朝少女の遺体が盗まれたことが発覚しました。警察は少女に関係の深い人物の犯行と見て調査しています」
「それはこっちのセリフだよねぇ。やっと僕のフィアンセが見つかったっていうのに警察が連れて行っちゃうんだから。ほんとうに正義のヒーロー様って身勝手なんだから」
テレビを見つめていた男の腕の中には冷たくなって、白い肌をしたショートカットの少女が抱きしめられていた。
男はテレビを消してその冷たくなった唇にキスを落とす。
「浮気を見せたら切りかかってくる女とか、自殺する子はいっぱい見てきたけど、僕を殺さないで僕の大事そうなもの全部消してから死んじゃう子ははじめてだったなぁ。それだけ僕のこと愛してくれてたんでしょ?そんなの初めてだったなぁ」
男はうっとりとしながらそう言って彼女の頭を撫でた。
彼の瞳は狂気で染まっており、彼女のことをできるだけ長く見ていたいと目は真っ赤に充血していた。
「祐介」
そう呼ぶ声に男は振り返る。
そこには白衣をまとった男性が立っていた。
「これ今回の報酬。若い子の臓器、しかも二人分は高く売れるから助かるよ」
「あーその金はこの子をはく製にする費用にあてて。絶対腐らないようお願いね。もう一人の子はぐちゃぐちゃにしてもいいけどこの子はきれいに臓器とってよ。傷も針の穴ぐらいしか許さないから」
そう男が言えば男性ははぁとため息をついた。
「それは無理なお願いだな。そんなことしたらまともにとれるのなんて眼球だけだろ」
「できないのか?」
そうあおり口調でニヤニヤ笑いだす男に男性はまたはぁとため息をついた。
「もう一人連れてこい。そしたらやってやろう」
「お安い御用~」
男がけらけら笑えばその少女についた首のツインテールが少し揺れたのだった。
終
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