金色のアレ

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金色のアレ

 ブラントは金に困っていた。  それは彼が貧しいという意味ではない。むしろ彼は少し前に資産家と結婚し、財産を手に入れたばかりだ。  彼が欲しているのは金銭ではない、である。  ブラントは、安価な金属を(きん)へと変える術を探す、いわゆる錬金術師であった。  亡くなった前妻の財産を使い切る位には、研究に没頭する彼だが、未だにその術は見つからない。  そして今日、遂に実験方法が思いつかなくなった。  スランプに陥ったのである。  ブラントは、木製机の上で頭を抱えた。脳みそをひっくり返しても何も出てこない現状に、絶望していたのだ。  外から聞こえる、ルイ何世の戦争の噂やら、ドイツ初の戦艦を見に行く子供の甲高い声なんかが、やけに耳につく。  しかし、日ごろから自身は賢いと自負している彼は、絶望しても現状は変わらないことを理解していた。  ブラントは自身の白く長いあご髭に手を添え、また頭を回し始めようとした。  ……が、ブラントはおもむろに立ち上がった。  尿意を催したのだ。  わずか数十歩の時間すら惜しいブラントは、間の悪い自身の身体に対する苛つきを一切隠さずに、目的の場所へと向かった。  彼の時代に洋式便器なんてものはもちろんない。  最近中身を捨てたおまるは、比較的白かった。  ブラントはおまるに狙いを定め、いつものように事を済ませる。  だが、今日の彼はいつもと違い、排出している老廃物にどうしても目が行った。  そして、ふと気づいた。  この尿……金になるのでは?  輝きを放つ黄金色はまさしく純金を思わせ、未だ謎の多い人体から排出される、尿。それは、昨今の科学者たちの研究対象として、一種のブームとなっていた。  ブラントも同様に、その尿に可能性を感じてしまったのだ。  こうしてはいられない。  ブラントは家を飛び出し、隣家のドアを開け、 「私に、ありったけの尿をくれないか」  と頼み込んだ。  追い出された。  しかし、錬金術師は早々に切り替え、また白髭に手をやる。  彼は、尿がきっかけに流れに乗ったのか、先程のスランプが嘘のように頭がさえていた。  そして、思いついた。  まともな思考の者が拒否するなら、まともな思考のできない者に頼めばいい。  ブラントは、酒場に向かって駆け出した。       *  さすが、ビールが水と言われるほどのドイツというべきか、酔っぱらい達に声をかけると、驚くほど速く尿が集まる。  ブラントはありったけのバケツを用意し、どんどん液を詰めていった。  それは実に、バケツ60杯分になっていた。  悪臭を感知すらできぬほどの期待に胸をおどらせながら、ブラントはバケツ達を太陽のもとにさらした。  しかし、もちろんそんなことでは何も起きず、ただ悪臭が増しただけであった。  だが、何年も失敗をし続けた彼は、この程度ではめげない。  資源は文字通り腐る程あるのだから。  ブラントはほとんどの時間を尿に費やした。  腐った物を加熱したり、冷却したり、蒸発させたり……  研究の日々は積み重なっていった。  ある日、ブラントは液体を蒸留させ、燃やそうとした。すると不思議なことに、火を近づける前に液体が燃えだしたのだ。  急いでガラスの容器に液体を捕らえ、蓋をしたところ、それは不気味な淡緑色で止まらずに光り輝き続けた。  ブラントは確信した。コレこそが、錬金術であると。  ブラントはその発見を、すぐさまドイツ中に広めた。  まだそれが何かすら分かっていなかったが、彼は上機嫌であった。  しかし、彼には新たな問題ができている。  2番目の妻の財産が底を尽きそうなのだ。  どうしたものかとぼんやり思っていると、思いがけぬ連絡がやってきた。  フリードリヒ公が、淡緑の炎の製造方法を知りたいと言うのだ。  ブラントは、大量の報酬と引き換えに、その取引に応じた。  実を言うと、それは錬金術ではなかった。しかし、ブラントは、(きん)は作れなかったが、(かね)を作ったのである。 *  これが、今現在我々の生活のあらゆるところに使われている元素「リン」の発見である。 ※この物語は実話をもとにしたフィクションです。
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