君だけを

32/33
前へ
/33ページ
次へ
第32章 彼の喪失 学校の屋上から、彼が身を投げた。 それを知ったのは、私が美術史の講義を受けていた時でした。美術史は彼も履修していた科目です。今日は彼の姿を見なかったので、どうしたのだろうと思っていたのですが、外の方が何か騒がしい様子だったので、教室のみんなもチラチラと外を気にしてると、突然学生の1人が教室に飛び込んで来て、「誰か飛び降りた!」と叫んだのでした。 教室にいたみんなが外へ飛び出すと、2号館の校舎に沿った通路に、1人の男性が横たわっていました。頭の辺りからは一面に赤いものが広がっていました。誰も近づく人がいないことからも、既に絶命しているのは明らかでした。 周りでは「誰? 誰?」という声が盛んにしましたが、それを確かめようとする学生はいませんでした。やがて救急車が来て、その人を運び出す時に、それが小町純さんであることがわかったのです。私は言葉も出ませんでした。 自殺? どうして? それから教室へ戻っても、とっても講義などしていられる状態ではなかった。その時教授がみんなに向かって何かを話していました。 「誰か、彼が飛び降りるところを見かけた者はいないかね。」 飛び降りたということは、やっぱり自殺? 私は思わず先生のところに駆け寄りました。 「先生、やっぱり自殺だったのですか?」 「やっぱりって、君は何かを目撃したのかね?」 「いえ、そういうわけではないのですが。 「どうやら・・警察の話ぶりだと、自殺ではないようなんだよ。」 え? 「誰かに彼が突き落とされるのを目撃した学生がいるんだよ。」
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加