君だけを

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君だけを 第1章 私だけ 私は和菓子屋さんでアルバイトをしている。 駅ビルにあるちょっと有名なお店で、そこで私は販売をしている。 和菓子というと、どちらかというと、お年寄りに人気がある商品だけど、それが或る日から、あの男の子が毎日のようにそのお店に通ってくるようになった。 彼は、いつも小分けにされて、袋詰めになった何か一品だけを買って、それでさっとその場を立ち去ってしまった。 私とは商品とお金のやりとりの時だけ目が合うくらいで、特に声を掛けるでもないし、ましてやそれ以上のことがあるわけでもなかった。 でも、彼は毎日来た。 毎日通っていたのかはわからなかったけど、私がバイトで入っていた時には、必ず彼が買いに訪れた。 彼のことはそのバイト先でも話題にはならなかったし、私も彼のことを敢えて話題にすることもなかったので、彼が毎日そのお店に何故来るんだろうということは、誰とも話をしたことはなかった。 私は、彼が私に会いに来るのではないかと思った。 それは直感というか、なんというか、でも彼と目が合った時に、何か私の心に広がるものを感じたのは、私に運命という言葉を思い出させたから。 彼は計量してビニール袋に詰められた「かりんとう」をよく買っていった。 1袋300円。消費税込。 私が計りの上で、ビニール袋の中にかりんとうを詰めながら、レジに来るお客さんを見ていると、彼はすかさず既に封のされたそれをひとつつかんで、そして私の元へそれを突き出してくる。 私は接客中だから、笑顔で応対しても、彼は表情を変えずに、「これください」と一言つぶやくだけ。 私はけっこう笑顔に自信があるんだけど、それでも彼には通じず、彼の仏頂面とは言えないまでも、決して愛きょうのない表情は変わらなかった。 私に会いに来てくれているのなら、もっとにこっとしてくれてもいいじゃない。 そう思っても、私がそれを手提げのビニール袋に入れて、レジを打ち、お金を受け取って、レシートを渡し、時にはお釣りも手渡して、そしてありがとうございますといいながらそのかりんとうを渡すだけで、毎日の彼との日課が終わってしまった。 彼の後ろ姿はすぐに消えた。その姿が消えると私の仕事がやっと始まる感じがする。 朝、そのお店に行くと、彼がいつ来るのだろうと、それまではなんかあまり仕事に身が入らなかった。 でも、彼が来るのは一瞬で、彼が行ってしまうと、また明日の仕事のことを思いながら、でも一方で、残りの今日の時間は普通に接客が出来る気分になった。 勿論、最初からそんな思いではなかったのだけど、彼が初めてお店に来て、その次の日も来た時に、なんか見覚えがあるかもって思って、そしてその次の時は、あ、この人前も来たなって思って、そして、それから、もしかしたらこの人よく来るのかなって思って、それから、この人は毎日来ているんだって思って、それはやがて、毎日この人が来るのは何故なんだろうって思ったら、彼が来るのを待つようになっていた。 かりんとうばかりこんなに毎日買う人もいないだろうと思うと、もしかしたら私に会いに来るのではないのだろうかと思うまでに、そんなには時間がかからなかった。 それは、どうしてかって言えば、勘……直感。 なんか、そんなインスピレーションが閃いて、それからは毎日来る彼を観察し出した。私のことを見ているのかしらって。 でも、彼はさっと、かりんとうをつかむと、それを私のところに持って来るだけだった。 私の勘がはずれたのかもしれないと思ったこともあったけど、それでも毎日こうして来ることは事実だったし、それ以上に、私が彼のことに興味をたくさん感じていることに気がついた。 彼の服装はいつもラフな感じだった。雰囲気は大学生。じゃあ私と同じねと思っていると、どこの大学かがちょっと気になった。 或る日、彼がギターケースを提げているのを見かけた。ギターを弾くんだと当然思った。 でもどこで弾くのかしら。駅前でギターをかき鳴らしながら道行く人に聴かせる歌を歌っているのかな。 そう思いながら、私はいつものように、かりんとうを渡した。毎日毎日かりんとうを食べながら、彼はギターを抱えて歌を歌ってる。そんなイメージが突然頭に浮かんだら、いきなり吹き出してしまった。 でも、その時は彼は既に私に背を向けて、ずっと向こうを歩いていた。 私に会いに来るのは何故? 私はいつかその思いで一杯になっていた。そして彼が来る度に、その問いかけをしたくてしかたがなくなっていた。 でも、私は聞けない。 もし聞いたら、その魔法は解けてしまいそう。彼は2度とそこへはやって来なくなってしまいそう。 和菓子のお店は他にもある。かりんとうなら、コンビニでも売ってる。 なのに、かりんとうを買いに毎日、私のいるお店に来てくれるのは、やっぱり私に、私だけに会いに来てくれるからなのではないかな。 そう思ってはいけない? そう思ってるのは私だけ? そんな或る日、彼はいきなり来なくなった。 最初は今日はどうしたのかしらと思った。 次の日は、風邪? と思った。 そして旅行? それから、たまには別のお店に行ってみようかとちょっと浮気をしてる? でもすぐ戻ってくる、とか思ったりもした。 でも、彼はそれからずっと姿を見せなかった。ちょっとした留学でもしてるかな。まさか、引越し? でも、仮にそんなに長く来れないなら、きっとその前に私に何か言ってくれるはずなのでは? と、そんなことを思った。 何も知らせてくれなくて、それでいきなり消えてしまうなんて、それじゃあ今迄の何カ月って、いったいなんだったの? そう思うと言葉もなかった。
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