時世管理局日本管轄所

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時世管理局日本管轄所

 訳あって日本の上層機関に送り込まれたあなたは、一つの扉をノックした。それに応答して扉を開けたのは、還暦くらいのスーツのおじさんだった。 「ん? 何だね君は?」  あなたは見学でこの場を訪問したことを伝えた。口頭ではない。伝えたい文面が、頭の上に文字化されて表示されている。会話する能力は、時期が来るまで与えられないみたいだ。  おじさんは微妙な反応をした。 「ああ、今日だったか。分かった。入ってくれ」  無理もない。あなたはまだ人の形になっていないのだから。言うなれば、初期設定のアバターみたいな感じ。特徴のない見た目が特徴で、あなたの存在は得体が知れない。  通された空間はとても広く、ちょっぴり薄暗い。正面にはドデカい数々のモニターが、どこかを色々と映し出している。壁の書架には数々の資料が並び、中央のデスクには5つのPCが設えられている。モニタールームなのか、資料室なのか、PCルームなのか分からないが、ここが彼の作業場らしい。 「君は何者だ? わしは何も聞いてないんだが」  私が神様から与えられた使命を頭上に文字で浮上させようとした時、隣の部屋から別の若い男性が現れた。 「おやおや。来客とは珍しい」 「客なのか?」 「お客様ではないのですか?」 「わしゃ知らん。なんの説明も聞いとらん」  還暦スーツの男性は自分のデスクに戻って作業を始めてしまった。  ナチュラルにお守りを任されてしまった若い男性は、一旦抱えていた資料をデスクに置く。この男性もスーツだけれど、格好が還暦スーツの男性よりも古めかしい。肩には吊りバンドが掛かっていて、七三分けの頭髪はポマードで固められている。けれど、年齢はとても若い。 「君の用件は何かな?」  あなたが簡素に職場見学であることを伝えると、若い男性は考えた。 「ん~そうですねえ。若い子達は忙しいですから、お相手は私がした方が良さそうですかね。連絡が行っているとすれば……」  若い男性が誰かの名前を出そうとした時、その当人が現れた。今度は女性。お年は40代くらい。服装は旧時代的な和洋折衷で、歩き方から上品さが伝わってくる。 「あら、どちら様かしら?」 「見学の方らしいです」 「見学のお方……。お名前は?」  あなたは名乗ることができない。まだ名前を貰っていないのだから。 「あ、そうでしたわね」 「ん?」  還暦スーツの男性が怪訝な顔をした。 「では、先に私たちから自己紹介をしておきましょう」 「明治さん、中国との関係改善を何とかすることが優先ではありませんか?」 「いいじゃないですか。いずれ、この方とは悠久のお付き合いになるのですから」 「悠久のお付き合い? ……き、君はもしや!?」  還暦スーツの男性は、何かに気付いたようだ。 「やはりそうですよね。もうそんな時期なんですか」  若い男性も頷く。あなたは何がなにやら解らずに、文字通り、頭上に「?」マークが浮かんでいる。 「私は明治(156)と申します。近世の方々は歴史管理局に遷されましたから、この部署では一番先輩になりますね。主に外交管理を担当しております。よろしくお願いします」  明治さんの自己紹介は、とても礼儀正しかった。 「私は大正(112)と申します。交通や災害の管理が主です。今後ともよろしくお願いします。そして……」  大正は振り返った。彼の視線の先では、還暦スーツの男性が仕事中だ。 「ちょっと。昭和さん」 「あーはいはい。昭和(98)だ。戦争と経済の担当をしている。これ以上、無用な争いを起こさんためにな」  各元号の名前を持ち、年期の入った彼等には、それぞれの担当分野があるようだ。 「明治さん、原発云々で中国が動いたのはどうすんですか?」 「貿易の在り方を見直すまでです。攻撃的な姿勢など取らせませんからご安心を」  明治の振る舞いは、相も変わらず落ち着いている。 「ここでどんなことをしているか、君は知っているかい?」  大正からの質問に、あなたは首を傾げた。 「この世界には、色々な管理局が在る。ここは日本のトップとなる所で、主に日本の時事に関する出来事を司っている。問題の処理は勿論、問題の発生に関しても、地球管理連合や神様の指令で行うことがあるんだ」  あなたは「ほへ~」という顔をしてみせる。 「ここにはあと二人居るんだけど……」  大正がそう言いかけた時、また誰かが隣の部屋から入ってきた。半袖チノパンというラフな服装の男性が、驚いた顔で足を止めている。年は30過ぎくらいだろうか。 「な、何ですかこの子!?」 「見学の子だ」 「見学?」 「自己紹介して差し上げて」 「あ、はい。平成(35)っす。技術方面の管理を……」  平成の自己紹介は手短だった。 「この子、どうするんすか?」 「人の形にならないと仕事はできないから、今はあらゆる物事を知ってもらわなきゃならないね。時が来るまでは、知識を深めることに徹してもらおう」  色々な局を巡って、色々な事を知っていきたいと、あなたは頭上に示した。  その時、昭和が不在のデスクを見て言った。 「あいつ、返却資料忘れてるじゃないか!」 「おやおや、そそっかしいですなあ」 「マジすか……」  一同は呆れていた。 「では、見学のお方に届けさせてみてはいかがでしょう?」 「季報局っすよねえ?」 「いいですねえ。早速、顔出ししていただきましょう」 「そうだな。じゃ、頼んだぞ」  昭和は紙袋に入れた資料をあなたに渡した。 「季報局は……分かる? ならOK。序でに令和ちゃんに会ったら伝えといてほしい。早く戻ってこいって。大手会社の不祥事がバンバン出てて手一杯なんだよ~」  平成は悲惨そうな表情で自分の仕事に取り掛かった。平成時代の問題は、まだ令和に波及しているらしい。  あなたはぺこりとお辞儀をし、紙袋を手に部屋を出ていった。令和ちゃんの特徴を聞き忘れたけれど、あなたは季報局でそれを聞くことにした。
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