椎名くんは終わらない

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 夜の八時。    椎名くんは夕飯を自宅で食べた後、私の家にやってきた。 「こんばんは」 「椎名くん、こっちこっち」  私は庭にいた。煌々とした上弦の月が出ている。中秋の名月が見られるのはあと五日後らしい。まだ歪な形だけど、雲のない夜空に輝く月はいつまで経っても見飽きない美しさがある。   「こんなところで何してるんだよ、藤川」 「これ、椎名くんとやりたいなと思って」  私は手持ち花火のセットと着火用のライターを彼に見せた。   「本当は花火大会に行きたかったけど風邪ひいちゃって行けなかったから、自分でやろうと思って買ったんだよね。だけど、もう季節が過ぎちゃった気がしてさ。来年に持ち越そうかなと思ってたけど、椎名くんがもし良かったら一緒に……」 「やる!」  椎名くんは目を輝かせて花火セットを受け取った。 「夏といえば花火だよな! さすが藤川、ちゃんと取ってあるじゃん、夏!」 「たまたまだけどね」  椎名くんがことのほか喜んでくれて、私はちょっぴり照れくさい気持ちになった。 「何からやる?」 「うんこ花火!」 「ヘビ玉のことだよね、それ」  即答でそれか。やっぱり椎名くんは変わっている。  バケツに水を張ってから、私たちは思い思いの花火に火をつけた。消えそうになると椎名くんの花火から火をもらい、椎名くんの花火が消えかけると私が火を移しに行った。  色のついた煙を涼風が運んでいく。  終わるな、終わるなと思う瞬間に火がパッと消えて、静かな夜が挿入される。 「楽しい時間ってあっという間だね」 「夏って感じだよなー」 「そうだね」  思い返せば、今年の夏はいろいろあって楽しいことばかりだった。  夏が始まる頃に椎名くんとお付き合いが始まって、夏休みの間中ずっと遊んでいたな。 「終わるの、ちょっと寂しいね」  椎名くんの気持ちがちょっと分かってきた気がする。  このまま時間が止まればいいのに。  そう思うくらい、楽しい夏だった。
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