椎名くんは終わらない

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「最後はやっぱり線香花火かな」 「おう」  ライターのゆらめく炎に二つの線香花火の先を近づけた。  繊細な赤い糸が音もなく夜を縫いながら消える。やがて炎は丸く広がって、逆さにした花束みたいになった。 「綺麗だねえ」 「ありがとな、藤川。これでちゃんと夏にお別れできたよ」 「そう。良かったね」  吹っ切れた瞳をした椎名くんと見つめあって笑う。 「俺、明日から肉まん買うわ」 「切り替え早くない? 肉まんはまだ暑いって」 「何言ってんだよ。もう夏は終わったんだぞ」 「極端すぎるよ、椎名くんは」 「だって線香花火しちゃったしなー」  線香花火は椎名くんの夏の終わりの合図らしい。  変な人だと思っていたけど、わりと平均的な日本人らしい感覚があるようで安心した。 「また来年も一緒に花火しような」 「うん」  当たり前のようにそんな約束をする。  秋も冬も来年の春も、当たり前のようにそばにいるよねって言われた気がして何だか笑える。  来年の夏がもう待ち遠しくなった。 「さて、片付けるか」 「うん」  バケツに集まった花火と空っぽになった花火セットの袋をゴミ袋に入れようとした時だ。  空だと思っていた花火セットの中から、ポロッとヘビ玉がこぼれ落ちた。 「あ」 「どうした? 藤川」 「ううん、何でもない」  ヘビ玉、二個あったのか。これがあったらまた椎名くんが夏は終わってないとか面倒なことを言い出しそうで、私はこっそりゴミ袋の中にヘビ玉を落とした。  これでようやく夏が終わったな。    清々しく見上げた空には煌々とした月が、さっきよりほんの少し西の方で美しく輝いていた。
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