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「ああ、おはよう。佐原さん」
変わらない笑顔、低く穏やかな声。
上坂の方から挨拶してくれたのは、おそらく先日の亜沙美の失態を「気にするな」との意だろう。
彼の立場上、わざわざ窓口まで顔を出して学生アルバイトに声を掛ける必要などないからだ。
かえって気を遣わせてしまった、と亜沙美は申し訳なく思う。
「……おはようございます、支店長」
「佐原さん、朝礼するよ」
同僚に呼ばれ、上坂にもう一度頭を下げて背を向けた。
「最近、支店長よく窓口来るよね。珍しい」
「……ほら、またアノヒトでなんかあったら困るから注意しとこうってことじゃない?」
亜沙美はアルバイト同士が今野を指して話しているのを小耳に挟んだ。
そこで初めて、上坂の行動が通例ではなかったのだ、と気づく。最近今野との接触があまりないことにも。
あのトラブル以来、亜沙美は彼女とは明確に離されているのを感じていた。
特に頼んだわけではないのだが、常なら今野の担当だろうケースにも井上や少し先輩のアルバイトが入ってくれる。
井上には更に「今野さんがなんか言ってきたらすぐ俺に報告して!」と指示され、この処遇も支店長の意向だと匂わされた。
他のアルバイトに、あのとき上手く対応できなかった、……つまり「今野から目を逸らす役を果たせなかった」亜沙美を彼女が逆恨みしているようだから気をつけて、と忠告されて理由に思い当たる。
仕事は別。
社会人として、人を使う立場の人間として、当然の行いかもしれない。亜沙美の大学にもいるような、公私の区別もつけられない幼稚な人種とは違って。
それでも「アルバイトの直接の管理」まで支店長の担当ではないだろう。
たとえ蟠りはあったとしても、義務以上に骨折ってくれる彼の誠実さが疲弊した心に沁みる気がした。
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