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「……なんですか?」
出勤すると、社内が妙にざわついている気がする。特に暗い感じはしないのだけれど。
気になって、何気なく井上に訊いた亜沙美に返って来た答えは予想外のものだった。
「ああ、佐原さん昨日来てなかったのか。支店長、異動なんだってさ」
「え!?」
移動。いや違う、異動か。つまり転勤?
「別に左遷とかじゃないよ。たぶん。穂台支店だから規模や立地からしても普通の異動だと思う。時期も異例じゃないし、上坂支店長のここでの年数からもね」
亜沙美の顔色を読んだのか、彼は苦笑しながら付け加えた。
穂台支店は、この斉内支店とは隣の市になる。どちらも政令指定都市でも寂れた街でもなく周りの環境も近いので、確かに『同じレベル』なのかもしれない。
あの件で何らかのペナルティを受けたのではなさそうで、それについては安心した。
でも、もう会えない。
上坂は支店長で、支店の最高責任者だ。窓口の新人アルバイトなど、顔を合わせることさえそうはない。
亜沙美もあのトラブルの際に井上に指示されて向かったのが、彼と二人きりで話した初めての機会だった。
それなのに「会えない」事実がこんなに重い。
彼がいないのなら、もう今野との関係に神経をすり減らしながらこのアルバイトを続ける必要はない気さえしてしまう。そんな風に考えている自分に、何よりも驚いた。
上坂が去って、井上も顔を出さなくなったらどうなるかは容易に想像がつく。それに耐えられないからではなかった。
──いったいいつの間に、上坂の存在が亜沙美の中でここまで大きくなっていたのだろう。
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