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瞳が潤みそうになった自分を叱咤して、亜沙美は何度も心の中で繰り返した台詞を告げた。
「そうです。斉内でお世話になりました佐原 亜沙美です。私用の番号を知りませんので、お仕事中に申し訳ありません。してん、──上坂さん。私、アルバイト辞めたんです。二年からは大学の方に集中しようと思って。それであの、お会いしてお話したいことがあるんです」
この短い台詞の中でさえ矛盾がある。論理破綻している。
「勉強のためにバイトを辞めた」「でも、あなたに逢いたい」
それさえ自覚しているのに止まらない、心。
『……僕と?』
上坂の一人称が、オフィシャルの私ではなくなっている。
単に不意打ちで驚いただけだとわかってはいるが、亜沙美はそれさえ何故か嬉しかった。
「はい。あの、お忙しいと思いますのでいつでも構いません。合わせます」
沈黙。やはり迷惑だっただろうか。いや、当然か。
「やっぱりいいです。すみません」
そう言って切るべきだろう。そして、すべて忘れていい想い出にする。
けれど、できなかった。
「あの……」
『佐原さん。私は来月で四十になるんだ。君とはダブルスコア、いやそれ以上だよね?』
やはり上坂には伝わっている。亜沙美の想いが。そして、傷つけないように遠回しに断ってくれている、のだろう。
大人なら、敢えて言葉にはしない行間を読んで引くべきだ。わかっているのにできない。もう十九なのに。
──まだ、十九だから。
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