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「山際さん。ほら、あれ」
指差す彼に釣られて見上げた空には、下弦の月。
満月を半分切り落としたようなその月から目を離した葉音に、雨宮が言葉を発した。
「『月が綺麗ですね』」
目を見てはっきりと、一字一字明瞭に発音する。
──まるで漫画みたい。今まで私がずっと夢見てたのは、こういうことだったのかも。
この言葉を、こういう演出を求めていたのだ、と改めて感じた。
大元の大作家の手を離れたその表現は、今では手垢の付いた陳腐なものになり果てたのかもしれない。
ましてや葉音自身が「人間関係などシンプルが一番」と考えて体現しているにも関わらず、矛盾していると理解もできている。
そこまでわかっていてさえも、目に見える、形として示してもらうのが大切なこともあるのだ。
尚登は一度も、ひとつも与えてはくれなかったもの。
「なあ、山際さん。次は二人で飲みに行かないか?」
さすがにその誘いにはすぐに頷くこともできず、葉音は曖昧な笑みを受かべた。
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