【3】

2/7

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/71ページ
「山際さん。ほら、あれ」  指差す彼に釣られて見上げた空には、下弦の月。  満月を半分切り落としたようなその月から目を離した葉音に、雨宮が言葉を発した。 「『月が綺麗ですね』」  目を見てはっきりと、一字一字明瞭に発音する。  ──まるで漫画みたい。今まで私がずっと夢見てたのは、こういうことだったのかも。  この言葉を、こういう演出を求めていたのだ、と改めて感じた。  大元の大作家の手を離れたその表現は、今では手垢の付いた陳腐なものになり果てたのかもしれない。  ましてや葉音自身が「人間関係などシンプルが一番」と考えて体現しているにも関わらず、矛盾していると理解もできている。  そこまでわかっていてさえも、目に見える、形として示してもらうのが大切なこともあるのだ。  尚登は一度も、ひとつも与えてはくれなかったもの。 「なあ、山際さん。次は二人で飲みに行かないか?」  さすがにその誘いにはすぐに頷くこともできず、葉音は曖昧な笑みを受かべた。
/71ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加