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◇ ◇ ◇
「ただいま! 菜穂、クロ」
二週間後の金曜の夜。
職場から菜穂の部屋に直行した晋也は、インターホンに応えてドアを開けてくれた菜穂と腕の中の仔犬に挨拶する。
仔犬は男の子だった。
名前は晋也が適当に「ちび」と呼んでいたのを、菜穂に「いつまでも『ちびっこ』のままじゃないのよ!」と咎められた。
そして相談の結果、いくつも出た凝った名前を押しのけて何故か『クロ』になったのだ。
安易極まりないが、最も似合いとも言える。
「『ただいま』って。いつから晋也の部屋になったのよ、ここ」
少し呆れたような顔で、それでも彼女は晋也に上がるように促してくれた。
「今日も泊まるの? いや、構わないけどだったらもう布団買おうか?」
先週末も結局この部屋で過ごした晋也に、菜穂が問い掛けて来る。
ちょうどいいタイミングだ、と居住まいを正して切り出してみることにした。
「なあ、菜穂。布団買うより引っ越さないか? 俺と菜穂とクロで一緒に暮らそう」
菜穂は半年後を目処に転居を考えている。
彼女がまだ具体的な行動には移していない今のうちに、と先回りして動いたのだ。
実は少しずつ「小型」犬に限らないペット可の、二人で住める物件を探し始めていた。
もちろん晋也の一存で決める気などはないし、菜穂の意見を聞くのが絶対条件なのはよくわかっている。
「……そうね、このままなら実質半同棲状態になりそうだもんね。なら広い部屋のがいいか」
いかにも仕方なさそうな言葉とは裏腹の菜穂の笑顔。晋也の心の中に安堵が広がった。
新しい部屋では、もっと大きくなったクロが二人の帰りを待ち侘びているのだろう。
そして晋也が先に帰った日は、クロと一緒に菜穂の帰宅を迎えるのだ。つい先ほど、晋也がこの部屋に来た時の逆で。
物言わぬ黒い仔犬は、微妙なバランスの二人を繋ぐ架け橋として遣わされた存在、なのかもしれない。
~END~
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