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帰宅すると、ユキは迎える母に肩を竦めて見せた。
自室に入るなり、身につけたものを脱ぎ捨ててベッドに無造作に放り投げる。
外出する際に着替えて椅子の背に掛けたままの部屋着のワンピースを頭から被った。
せっかくの休みが潰れてしまった、と溜息を吐いた視線の先には、片手に載るほどの小さな透明のガラス瓶。
中身は細長く折られた紙、……手紙だろうか。
“彼”に渡されたものだ。
しばらく前から、大学の学科内で「ボトルメール」なるものが話題になっていた。
瓶に手紙を入れて海に流すという風流な行為に便乗したのだろう。
「帰ったら開けてみてくれる?」
その言葉に笑顔で頷き、受け取った瓶を適当にバッグに仕舞った。
この部屋で取り出し机の端に置いたはいいが、そのまま忘れて一週間が経つ。
昨夜の連絡で思い出しはしたものの、準備で慌ただしくそれどころではなかったのだ。
今更だが気になって瓶を手に取ると、同じくガラスのキャップをひねって引き抜いた。
逆さまにして中身を取り出し、棒状に幾重にも固く折り畳まれた紙片を開く。
面倒だな、と思いながらも破らないよう慎重に。
《高橋さん。君が好きです。断られてもいいから返事だけください。》
内容を脳が認識した途端、左手の瓶が滑り落ちて床を転がって行く。
右手に持った“手紙”が小刻みに震えているのが目に入った。
どうしてすぐに確かめなかったのだろう。
──もう、遅い。
「あいつ、ここんとこ眠れないって悩んでて……」
今日席を同じくした彼の友人が、苦しそうに絞り出した声が耳について離れない。
ユキからの返事がなかったのが原因だろうか。
「ちょっとユキ、お葬式のお作法ちゃんとできたの? お母さんの喪服、汚さなかったわよね?」
部屋の外から掛けられた母の声にも、返す言葉など出て来なかった。
突然の交通事故で世を去った彼。
フラフラと車道に踏み出したのを、複数の友人が止めようとして間に合わなかったらしい。
こんなに突然、会えなくなるなんて。
──あたしのせいじゃない、かもしれない。でも無関係だなんて思えないよ。背中を押した、のはきっと、あたし。
瓶と部屋に二重に封印されていた彼の最期のボトルメールは、一生ユキの脳裏にこびりついて消えることはない。
~END~
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