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「はい、合格〜!」
あのときの理久の、たしかに笑顔だというのになんとも形容しがたい卑しい表情。
「……は?」
「だからあ、『エイプリルフール』でした〜! さっすが亜未、一途で最高」
理久の脳天気な台詞の最中で、亜未は耐えきれず席を立った。
「どしたの?」
「帰るわ! あんたはそれでよくても、あたしはもうあんたとは一緒にいたくない!」
捨て台詞を吐きながら、バッグを探って財布を取り出し千円札をテーブルに叩きつける。
二人ともコーヒーしか飲んでいないのだから、むしろ理久の分も払うようなものだが気にもならなかった。
ただ不愉快で、小銭を数える時間も惜しかったのだ。
四月一日だった、という意識が心のどこかにあればまた違ったのかもしれない。
しかし当時の亜未には、あの日は「大好きな恋人に会う日」でしかなかった。まだまだ付き合い始めたばかりの熱意冷めやらない、今思えば浮かれていたとしか言いようがない、時期。
《亜未、ノリ悪いよ。お前、それよくないぞ〜。》
家に帰ってようやく確かめた携帯電話に届いていた、理久の能天気なメール。
ああ、この男には何も通じてはいない。
絶望に襲われ、亜未は携帯電話のフラップを閉じた。
同じ学科ではあるが、幸い三年生からはコース分けで接触も減った。
向こうも「ノリの悪い・自分に靡かない」女に縋るような見苦しい真似は、見栄張りの性格上も出来なかったのだろう。卒業までも、当然その後も最低限の関わりで過ごして来た。
そう、所詮ただのイベントで彼の言葉通り「ノリが悪い」というのが世間一般的な感覚なのかもしれない。
──でも、あたしにはどうしても無理だった。あんな、人を試すような質の悪い嘘。
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