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「じゃあ次、図書委員。」 先生の言葉で、皆が一斉に俯く。そんな皆の様子を伺いながら、私は少し離れた席にいる森田を見た。もちろん森田がこっちを見ることはない。普段俯きがちな顔を珍しく上げて、右手をスッと伸ばした。 「お、じゃあ森田。」 そう言って先生は黒板に森田の名前を書く。皆はまだ俯いたまま。 「もう1人はいないかー?じゃあ後でジャンケンだな。」 「あ、」 思わず声が出た。しかも思ったよりずっと大きな声。先生を含め、全員が私の方を向く。 「どうした、加納?」 「あ、いや…えっと、」 今の状況に自分が1番びっくりしている。 「あー…、私」 でも言いたいことは言わないと。だから小さく右手を上げた。 「図書委員、やります。」       *** 「また一緒だね。よろしく、森田。」 2年生後期の委員会。ジャンケンで負けた前期と違って、今ここにいるのは私の意思だ。 「うん、よろしく。」 前期の時と同じ教室。同じ席。同じ先生が前に立つ委員会の集まり。‘キャー、また一緒だね。うれしー!’みたいな会話が出来るとは微塵も思っていなかったけれど、それにしたって感動が薄すぎる。 「前期と全然メンバー変わらないね。」 教室の中を見渡す。森田以外は学年は違うけど全員小学校から一緒。あんまり話したことない人もいるけれど、図書委員と言われてしっくりくる人ばかりだ。隣のクラス2年1組も前期と同じ志穂ちゃんと…あれ、1人しかいない。するとガラッと大きな音とともに教室のドアが開いた。 「すみません、遅れましたー!」 デカい声。皆が一斉に注目する。 「あ、どうも。菊池竜雅(きくちりゅうが)です。よろしくー。」 いや、もれなく全員引いてるからやめなよ。とコイツにつっこめる人はたぶんここにはいない。私も言わない。むしろ私がここにいることがバレないように隣の席に座る先輩の影に身を隠す。 「じゃあ空いている席に座って下さいね。」 先生にそう言われて竜雅は空いていた前の方の席に座る。同じクラスの図書委員の志穂ちゃんとは遠い席だった。  森田の方へ目をやると、頬杖をついて窓の方を見ていた。マイペース、というか何を考えているのか分からない。森田と竜雅は去年同じクラスだったけれど、仲が良かったとは到底思えない。静けさの代表みたいな森田と騒がしさの代表みたいな竜雅。しかも竜雅は、森田に近付こうともしなかったんじゃないかと思う。そういうヤツだ。 「菊池くんは、当番の日に佐々木さんにやり方を教えて貰って下さいね。」 先生がそう言った時、志穂ちゃんの体がビクリと動いた気がした。 「はーい。よろしく、志穂。」 離れた席から志穂ちゃんに向かって大きな声で言う。心のこもっていないような、でもほんの少し威圧的な言い方。昔から変わらない。  委員会が終わって、皆ガタガタと席を立つ。いつも速攻で教室からいなくなる森田に置いていかれないように、慌ててリュックを背負う。少しは仲良くなれたと思っているのに、森田の中には‘一緒に帰る’という概念がない。 「もり」 「陽菜じゃん。」 机から離れて行こうとした森田を呼び止めようとした瞬間、竜雅の大きな声が近付いてきた。一瞬目が合った森田は、何も言うことなく教室から出て行く。 「…あー、うん。竜雅も図書委員なんだね。」 森田を追うことを諦めて、竜雅の方を向く。背が高いわけでも太っているわけでもないのに、昔から大きく見える。なんだろう、態度のデカさがにじみ出ているのだろうか。 「休んだら勝手に図書委員にされてたんだよ。ひでぇよな。陰キャの集まりじゃん。」 いやいやいやいや、まだ教室に残っている人もいるんだけど。 「お前もそういう感じ?似合わねぇもんな、図書委員。」 もうやめて。マジで黙って。 「2組のもう1人って誰?」 誰って、たった今目の前を通って出て行ったのに。 「…森田だけど。」 そう言うと一瞬竜雅の動きが止まって、すぐに大声で笑い出した。 「森田!ぽいな、まさに図書委員って感じ。」 何がそんなにおもしろいのか分からない。 「お前もそう思うだろ?」 尋ねている口調なのに、有無を言わさない同意を求めてくる感じ。そう、竜雅ってこういうヤツだった。2年間クラスが違うと、慣れていたはずの竜雅のノリが受け付けられない。 「なんだよ、ノリ悪くなったな陽菜。」 何も言わずにいると不満そうにそう言って、竜雅は私の肩を押すようにして歩き出す。 「帰るんだろ。一緒に帰ろうぜ。」 昔より大きくなった手が、少し怖くて、とても不快だった。当然のように廊下の真ん中を歩くところも、上履きのかかとを踏んでいるところも、バカみたいに大きな声で話すところも、少し怖くて、不快だった。ずっとそうだったのに、私はまた竜雅の隣を歩いてしまっている。 「竜雅、バイバーイ。」 下駄箱前で1組の派手な女子グループが竜雅に手を振る。 「おう、じゃあな。」 私の存在は完全に無視…というわけじゃなく通り過ぎざまに里奈に睨まれた。 「ほら行くぞ、陽菜。」 そんなことはお構い無しに竜雅は靴を履き替えている私を急かす。置いて先に帰れば良いのに。むしろ話しかけてこなくて良いのに。靴を履いて外に出た時、森田が自転車に乗って門から出て行く後ろ姿が見えた。  
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