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「あ――社長、おはようございます」
「津田くん、おはよう」
かれの声はいつも晴れやかだ。
徹夜明けのオフィス、その澱んだ陰鬱な雰囲気を一瞬で吹き飛ばしてくれる。
それは、締め切りに追われたチームをかれ自身も手伝い、夜通し血眼になってカタログの写真差し替えや文字校正をやり遂げたあとでも、同じだ。
洗面所で顔を洗って無精髭を落とし、すっきりとした表情で「おはよう」と高らかに言えば、やはり朝が来る。
若き社長のかれが、社員五十人を抱えるデザイン事務所の風通しをすこぶる良くしているのは、事実だった。
だがぼくは、かれがまとっている爽やかな人物像に違和感があった。
そう、文字通り“まとっている”ように感じるのだ。
ひょろりと細身で背が高く、色白。美しく整った顔に細いフレームの眼鏡をかけた姿は、文学青年、といった印象だ。
他人と目線を合わせるためか常に猫背で、飄々として感情が見えない。社員とバカ話に華を咲かせている最中でも、ふいにその笑顔に影が差す。
この事務所に転職して3ヶ月。
ぼくはかれを見かけるたび、つい目で追ってしまう。
胸のなかのこのもやもやは、いったいなんだろう?
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