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立冬。いつ雪が降り出してもおかしくない寒い日、一人の客がやって来た。
「いらっしゃいませ」
坊主頭で制服を着た青年。右腕は三角巾で固定されている。目尻が吊り上がり気味の彼は、不興顔で店内を見回しながら雨無のいるカウンターへ近づく。
「千秋が俺に振られた時の記憶預けたのってここ?」
低い声に抑揚のない、つらつらとした話し方だ。まるでロボットのような青年に雨無は答える。
「あなたと似た制服を着た女の子を知っているここは別れの記憶を預かるとこだよ」
雨無の足元で寝そべっていたルカは、無意識に話し方を真似ていることを自覚させるために、彼のズボンの裾を咥えて引っ張った。
雨無ははっとして、コホンと一つ咳払いをする。坊主頭の青年は気にも留めていない様子だ。
「やっぱりそうか 友達とはしゃいでるのを聞いてここを探していたんだ 本当にあるんだな」
対して興味のなさそうな反応だった。実在するかしないかだけを確認しに来たようだ。
「別れだけ? 記憶を全部預けるわけにはいかないの?」
「別れを全部預けるということは、例えるなら貯金がゼロになるということです。それでは生活ができませんよね。あくまでここは生きていく上で支障のある別れの思い出だけを預かっています」
「・・・・・・ふうん変な店」
青年はしばらく店内をウロウロして、商品を手に取って眺めたりスマートフォンをいじったりして過ごした。
体調が優れていたルカは雨無から菓子袋を受け取り、ゆっくりと青年の元へと運ぶ。
「何これ」
「カボチャのパウンドケーキです。ハロウィンの時にたくさんカボチャを買って余ったもので作りました。良かったら食べてください」
「手作り菓子ね 久しぶりにもらう どうも」
ルカから菓子袋をもらおうと左手を伸ばしたところで、彼はL字に曲がった左前足を凝視する。
「こいつの足どうしたの?」
「生まれつきなんですよ」
「そうなんだ 俺とお揃いの形してるな」
「失礼ですが、右腕を怪我をされたんですか?」
「ああ こないだ他校との野球試合でデッドボール受けて骨折した 彼女を振ったバチが当たったんだと思う ・・・・・・なんか全部なくなっちまったって感じ」
青年は菓子袋の封を開けてさっそく食べた。味の感想はないが、ぺろりと平らげたので気に入ったのだろう。
多く語らず感情も読みにくい青年だが、ルカは彼から自分と同じ孤独の匂いを感じ取った。ここ数日寒さで客足が遠のいている中、わざわざ噂を聞きつけて足を運んだということは店に相談があって来たのではないかと思った。
出会いも別れも懲り懲りだったが、ルカはこの青年を放っておくことはどうしてもできなかった。
それに命が終わる前に、雨無のように誰かを救いたい気持ちもあった。
ルカは力を振り絞り、棒立ちのまま俯いている青年の足に擦り寄った。懐かれたのに悪い気はせず、青年は豆だらけの手でルカの頭を撫でる。
「名前は?」
「ルカさんです」
青年は怪訝そうな顔になり、初めて人らしい感情を見せた。
「犬にさん付けなんて変わってるな 店で飼ってんの?」
「飼っているというより、住んでもらっているのが正しいでしょうか。ルカさんは迷い犬なんです」
雨無はルカに許可を得てからここに来た経緯を簡単に説明する。それを聞いて青年は更に怪訝し、眉をひそめながら首を傾げた。
「あんた不思議な人だな 迷い犬なのに生まれた時から知っている風に話すじゃん まるで犬から教えてもらったみたいな」
「そうですよ」
あっけらかんと返事され、青年は呆然とした後ぷっと吹き出した。今まで張り詰めていた空気は消え、無邪気な青年の表情になる。
「変わった店だから変わったこと言う人がいるのは当たり前か ま現実逃避できるから助かるわ」
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