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家族が見つかったと期待したらいらないと返される。職員はこのまま最後まで施設で過ごしていくのではなく、必ずルカを大切にしてくれる人が現れると信じて諦めなかった。それは他に保護されている動物達に対しても想いは同じだ。家族がどんなもので、いかに愛に溢れているのかを感じながら生きてほしい願いがあった。
独りで過ごすことに慣れるよう訓練していくべきか、しかしそれは大きな精神的負担を与えて更に状態を悪化させるのではないか。
試行錯誤をしながらルカのケアに努める日々。しかし独りになると不安行動を起こすのは変わらずで、四六時中誰かが傍にいなくてはならない条件は消えなかった。
ホームページで里親募集の呼びかけをしても、イベントで来場者と触れ合いの場を設けても、ルカを引き取りたいという人はパッタリといなくなってしまった。イベントで他の犬達が家族を見つける中、ルカはいつまでも残ったまま。
保護されて半年、ルカはすでに子犬ではなくなっていた。体が大きくなり、これまで入っていたケージは窮屈なのでイベントの時は広いフェンスの中で行き交う人々を眺めたり、ボールで遊んだりするようになった。この頃には随分賢くなっていたので、施設の職員以外自分に興味を示す者はいないとわかっていた。それでも、この場にいる理由が他の犬達の引き立て役になれるのならば、こんな自分にもわずかな価値があるのではないかとルカは思うことにした。
そんな時、キュルキュルと聞き慣れない音が近づいた。ルカは両耳を立ててボール遊びをやめた。音のする方を見ると、車のついた椅子に乗る高齢の女性と、それを押し歩く若い女性がフェンスの前へと向かって来た。
人が椅子に乗って動くのを初めて見たルカは、自然と二人に近づいてじっと観察をした。高齢の女性は足が不自由で歩けないのだと即座にわかった。
じっと観察をするのは向こうも同じだった。やはり視線はルカの特徴的な左前足に落とされる。
「お母さん。この子、手が曲がってるね」
また自分の体のことを言われているがわかった。どうせおかしいと笑うのだろうと思っていると、若い女性はしゃがんでルカと目を合わせた。そして、ゆっくりと自分の右腕を曲げてルカと同じ形を作った。
馬鹿にしているわけではなさそうで、彼女は何かを懐かしむような純粋な瞳をしている。
「どうしたの?」
「ほら、お父さんとバージンロードを一緒に歩いた時に私をエスコートしたでしょ? 何だかその時のことを思い出しちゃった。死んじゃってからもう五年も経つんだね」
顔も何となくお父さんに似ている。
犬が大好きだったもんね。
会話からこの二人は親子で、いなくなった家族と自分を重ね合わせているのだと理解する。フェンスの壁は薄く脆いが、人間との見えない壁は分厚く頑丈だ。同じ命なのに生まれた種類が異なるだけでなぜこんなにも差があるのだろうと、ルカはいつも考えていた。
もし、人間に生まれていたら川に捨てられることなく家族から愛情をたっぷり注がれて、素晴らしい人生を歩んでいたのかもしれないのに。
嘆いていても死ぬまで犬であることは変わらないが、ルカは人間が羨ましくてたまらなかった。
「ね、あなたが良ければ私と一緒に暮らさない?」
高齢の女性は前のめりになり、ルカに話しかけた。これまで引き取ろうとした人間は、最初は皆こんな風に目を輝かせていて、失望した瞬間に真夜中みたいな暗い目に変わる。その様は「お前なんかいらない」と言われているようで辛かった。
ルカは、この二人の美しい瞳から光が消えてしまうのを見たくなかった。だから喜んでしっぽを振ることもなく、体を伏せて無視をした。
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