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十二月中旬の夕方。
天気予報では、真夜中もずっと雪が降ると言っていた。明日には雪が積もっているだろう。足場の悪い中客はやって来ないと思い、雨無が早めに店じまいをしようと店内の電気を消して歩いていた時だ。
カランカラン。
すると、冷たい空気と雪の結晶を体に身につけた客が一人やって来た。
「いらっしゃいませ」
「いつにも増してチャラチャラしてる」
坊主頭の青年は相変わらずぶっきらぼうに言う。ここに来る用事がなくなってしまってからしばらく顔を見せていなかった。その間に店内にはクリスマスツリーなどの飾りつけが施されていた。
「もうすぐクリスマスですから。装飾にはりきっちゃいまして」
青年はカウンセラーテーブルの上に飾られた、黄色いビーズのネックレスをした犬のぬいぐるみの頭を撫でた。
初雪が降った日、ルカは年を越すことなくこの世を去った。最期は雨無と青年に見守られ、フウッと息を吐いてからその一生を終えた。今は骨壷の中で安らかに眠っている。
青年は岩のように表情を固くさせて感情を押し殺し、短い間過ごしたルカと静かにさようならをした。
「お別れを預けに来たんですか?」
「はは どっかの誰かさんみたいに簡単に忘れられるか 教えなきゃなんないことがあって来たんだ」
青年はぬいぐるみに目を落としたまま話した。ルカを探すチラシが電信柱に貼られてたのを発見したという。それも、車を走らせても一時間近くはかかる離れた町にあった。
「ばあちゃんちに行った時本当にたまたま見つけたんだ 目を疑ったね 飼い主の娘に連絡してあんたから聞いた話を全部伝えたよ そしたら驚いてた 間違いないって ルカが死んだことも話したら泣いてた」
「そうでしたか」
「随分歩いてここに辿り着いたんだな あの足で」
「悲しみから逃げるのに必死だったのでしょう。見つけてくださってありがとうございます。ルカさんはようやく家に帰れます」
「近々ここに来るってよ ルカの骨を受け取りにね 知ってる?人間と動物って同じ墓に入っても法律上問題ないんだって飼い主と一緒にいられたらいいね」
ほとんど息継ぎをしないまま話終え、青年はぷいとそっぽを向いて黙り込んだ。雨無には、虚勢を張ってわざと無感情を演じているように見えた。
「それだけ じゃ」
「あっ、待って」
足早に去って行こうとする青年を慌てて呼び止める。
「余談ですが、僕には別れの色が見えるんです。その時の感情事に色があって、黄は喜びだったり緑は信頼だったりするんですが」
「へぇ前向きな別れもあるもんだな それで俺は何色なんだ?」
「紺色です。悲しみを意味しています。あなたと別れた千秋さんも同じ色でしたよ」
指摘された青年は戸惑ったように目を泳がせる。好き合っていた女の子と別れたこと、夢中だった野球としばらく別れていること、ルカと別れたこと。青年が悲しむ別れはこのうちのどれかか、はたまた全部なのかもしれない。
もちろん、青年しか知らないことであり、それに関して打ち明けることもなかった。
「そう わかった どうも」
青年は軽く頭を下げて店を出て、今しがた来たばかりの道を帰って行った。恐らく、二度とここに来ることはないだろう。
彼にはまだ、失ったものを再び手にするチャンスがあるのだから。
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