2人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
母親がうっとうしく、フミカは靴のかかとを叩きながら玄関を開けた。
「川には行かないでよ! 危ないんだから」
「分かってるよ。心配性だなぁ」
小言が始まる前に玄関ドアを閉めて、フミカは釣り道具を手に駆け出した。
急いで近所の山奥に向かい、池を覗き込む。
「みんな、お待たせ。待った?」
フミカは池の中にいる魚たちに話しかける。給食の残りのパンくずを撒くと、一斉に青い魚たちは渦になって群がってきた。
「出席をとる。――アサヤマ、イノウエ、イナダ」
フミカは担任教師の真似をして、クラスメイトの名前を呼んでいく
。
「さて、今日の日直は誰だ?」
腰に手を当て、池の中を覗き込む。
目についたのは、廊下でぶつかった男子生徒の顔をした魚だ。
「お前だ。こっちに来い」
フミカはタモ網を池に差し入れる。青い魚がするりと網を抜けていく。
「待て! 逃げるんじゃない」
教師の真似をしながら、池の縁を走りながら魚を追いかける。
「大人しくしろ」
ようやく捕まえてバケツに入れるが、生きのいい魚は跳ねあがり、バケツから飛び出した。懸命に跳ねながら、魚は池に飛び込む。
「あっ」と、声を出したフミカをよそに、悠々と魚が泳いでいく。
もう一度、網を池に伸ばした時だった。男子生徒の顔をした魚のそばを、小さな魚が泳いでいる。
その顔は、フミカにそっくりだった。
最初のコメントを投稿しよう!