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「なんでーー」
フミカは自分によく似た顔の魚を捕まえ、バケツに入れた。
(よく考えたら、みんなに似た魚がいるんだし、私に似た魚もいるのは当然だ)
このまま放っておけば、誰かに見つかって何をされるか分からない。今までの自分の行いを思い出し、バケツを持つ手が震えた。
(こんなところに置いていけない)
バケツを抱え、あたりを見回す。
池の周りに人影はない。誰にも見られないように、とりあえずうちに持って帰ろう。
何度も登ってきた山道を、バケツを抱えたまま降りていく。落とさないように、一歩一歩慎重に踏み出しながら、フミカはバケツの中に目を向けた。
ほかの魚と同じ、自我のない深く暗い目がこちらを見ている。その顔は、フミカにそっくりだった。
(気味が悪い)
見慣れたはずの人面魚から目をそらし、山道を抜けた。
坂を下り、T字路を右に曲がった先がフミカの家だ。山の斜面を切り開いて作られた坂道は、車の通りも多い。車に乗る人たちに見られないようにバケツを抱え、フミカは歩道を歩いていく。
背負っている釣り道具を入れたケースが、歩くたびにガタガタと音をたてる。いつもは気にもならないが、今日は嫌に重く感じた。
(釣り道具は置いて来ればよかった)
池の水と大きな人面魚の入ったバケツを抱える腕が痛くなり、抱え直そうとした時だった。
パーカーのポケットの中で、スマホが鳴った。急に響いた振動と音がやけに大きく聞こえたせいで、思わずバケツを持つ腕を放してしまった。
「だめ!」
フミカは手を伸ばすが、そのままバケツはアスファルトの坂道に叩きつけられた。
人面魚が水と一緒にアスファルトの道に流れ出る。バケツが軽く跳ねながら、坂道を転がっていく。
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