523人が本棚に入れています
本棚に追加
丹沢さんはたしかに私にはやさしく丁寧に指導してくれていた。きっと、萌奈ちゃんやほかのスタッフよりも。
彼が頻繁にこの店舗を訪れる中で、私は何度か個人的に食事に誘われた。
ふたりで行こうと言われたので、そこには明確な好意があったと思う。
だけど半年ほど前、担当地区が変わってうちの店舗から外れることと、彼が結婚するという情報を私たちは突然知ることになったのだ。
「お前を狙ってたくせに、上司の娘と結婚だってよ!」
「丹沢さんって三十七歳でしたっけ。年齢的に結婚したかったんじゃないですかね」
「出世に目がくらんだだけだろ。お前は二股かけられてたんだぞ。悔しくないのかよ?!」
たしかに、からかわれていただけだったのかな、と少し悲しい気持ちはある。
私を女として見てくれて、興味を持ってくれたのかと思っていたから。
だけど私と窪田さんは付き合っていたわけではない。
「二股は言いすぎですよ。何度も言いますけど、付き合ってませんでしたから。悔しくはないです」
好きだとか付き合って欲しいとか、その類の言葉は一切言われていない。
肩を抱かれたり手を繋ぐという身体的接触もなかった。当然ながらキスもしていない。
だから窪田さんが憤慨してくれるのはありがたいけれど、弄ばれて捨てられたかのように言われるのは少し違う。
「窪田さん、元々ひなたさんは丹沢さんなんかに興味なかったんですよ~」
萌奈ちゃんが私の真似をして、むぅっと唇を突き出して言うから笑ってしまった。
でも彼女の言うとおりだ。正直、私は丹沢さんに対して恋愛感情はなかった。
なので上司の娘と結婚が決まったという情報が耳に入ってきても、驚くだけで別になにも思わなかった。
つらいとか裏切られたとか、そういう気持ちはまったく湧いてこなかったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!