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 ようやくここまで来た。僕は足を止め、目の前にそびえ立つ塔を見上げた。四角いブロックが何重にも積み重なった、空へと続く高い塔。とてもバーチャル世界とは思えないほど本物のような造り。僕はごくりと唾を飲み込んだ。この中に、兄さんがいる。ゆっくりと深呼吸をしてウエストポーチに手をやった。きっと大丈夫。僕は一歩踏み出し、塔の中へ歩き出した。  今一番流行っているゲームは何ですか。そう聞かれたら僕は迷わずバーサスリンクフィールドと答えると思う。いわゆるオンラインカードゲームだ。世の小中学生の中で爆発的なブームを起こし、僕が小学5年生になった時、それは一気に流行り出した。僕たち兄弟も、宿題をほったらかしてお母さんに怒られるくらい夢中になって遊んでた。 「あぁっ!また負けたー!ゴウくん何でいつもそんなに強いの!?絶対ズルい手使ってるでしょ!」 「実力だ実力!そうだなぁ……。強いて言うなら、シュウの考えてることが何となく分かるってことかな」 「えぇー?それ理由はぐらかしてない?」 「ないない、ホントだって」  そう言って笑うゴウくんの横顔。その顔は僕とそっくりだ。ゴウくんと僕は双子の兄弟。ゴウくんがお兄さんで僕が弟。時々学校の先生も間違えるほど顔がよく似てる。でも双子だからって全てが似てるわけじゃない。性格も好みも違う。ゴウくんははっきりものを言うし、堂々としてる。クラスでもみんなの中心になっていて人気者だ。僕はどちらかと言うと、そんなゴウくんの後ろをついて歩く控えめな性格。兄の一歩後ろ、それが僕の定位置だった。 「シュウ、これ一緒にやってみない?」 「バーサスリンクゴールドマッチ……?」 「2対2の協力対戦デッキでやるランク戦。俺たち2人で組んでやってみようぜ?」 「え、それ僕でいいの……?僕なんかより、探せばもっとゴウくんに見合う人が他にいると思うけど……」 「なーに言ってんだ」  チョップで軽く頭を叩かれた。 「俺はシュウがいいの。シュウと組みたいんだよ」  驚いた。連戦連勝、僕たちは結構強かった。そして、ゴウくんと一緒に組んで分かったことが一つあった。ゴウくんが考えていることが、不思議と分かる。ゴウくんが次に出そうとしているカード、何処に攻撃を打とうとしているのか、どのタイミングで使おうと思っているのか、攻め方、守り方、次の一手。なぜだか分からないけれど、僕も、ゴウくんの考えていることが何となく分かるようになった。「シュウの考えてることが何となく分かる」少し前、そう言っていたゴウくんの言葉。あれは嘘じゃなかったんだ。双子なのに性格も好みも違う。同じなのは顔だけ。それまではそんな風に思ってた。でも、やっぱり僕たちは双子で、僕たちはどこか繋がってる。そう思ったら、何だか胸の辺りがむずむずしてくすぐったくなった。 「シュウ、いけ!そこだ!」 「うんっ!」  勝利を表す音楽と文字が画面に流れると、ゴウくんはきらきらと輝く笑顔を僕に向けて片手を挙げた。僕も同じように思いっきり笑って片手を挙げる。そして頭の上で軽快な音が弾けた。 「俺たち最強のコンビじゃん!」  強くて、明るくて、眩しい自慢の兄。瞼の奥には、今でもそんな彼の姿が思い浮かぶ。  僕は顔を上げ、目の前の扉を押し開けた。  ゴウくんを止められるのは、きっと僕だけだ。 「待ってたよ、シュウ」  悠々たる面持ちで玉座に座るゴウくんの姿が目に入った。ああ。僕の口から吐息交じりの声が漏れた。 「ゴウくん、この世界を作ったのは本当にゴウくんなの?僕たちみたいな子供を何人もバーチャル空間に閉じ込めて、カードで戦わせて、一体何が目的なんだ。負けた子たちはずっと目を覚まさないまま眠り続けてる。僕たちが楽しんできたカードゲームは、こんな恐ろしいゲームじゃなかったはずだ。楽しくて、ワクワクして、もっと強くなろうって、負けても前を向いて頑張れる、そんなゲームだったはずだ!こんな世界間違ってるよ!」 「甘いな、シュウは」 「え……?」 「そんな甘い考えだからお前は弱いんだ。負けても前を向いて頑張れる?そんなお気楽な考えで強さなんか手に入るわけがないだろ。勝利こそ強さの証明だ。だから俺は能天気な奴らに分からせてやったんだよ。たった一回、その一回に負けたら自分たちはそこで終わりなんだと。お前だって、ここに辿り着くまでにどれだけの奴と勝負して相手を打ち負かしてきた?お前には分からないのか?極限状態で得る勝利の気持ち良さが。この世界は勝利こそが全てだ。そして、その頂点に立つのはこの俺だ」 「違う……。ゴウくんは、僕の知ってるゴウくんは、そんなこと言うような奴じゃない!」  その時、ウエストポーチから光が漏れた。チャックを開けると一枚のカードが飛び出し、白い光がカワウソに姿を変え僕の足元に降り立った。 「シュウ坊、思った通りだ。ゴウは闇の魔力に囚われてる。誰かが暗黒のカードでゴウを操ってるんだ」 「そんな……!どうしたらゴウくんを助けられるの!?」 「ゴウにかけられた闇を祓うしか方法はない。そしてそれは、カード同士でしか成し得ない」  僕はぎゅっと目を閉じて、ゆっくり瞼を開いた。視線の先にゴウくんを捉えながら。 「分かったよ。ここに来た時からこうなるって思ってたんだ。だから覚悟はできてる」  僕は思いっきり息を吸い込んで叫んだ。 「勝負だゴウくん!いや、闇の支配者!僕はきみに勝って必ずゴウくんを助け出す!」 「かかって来い!シュウ!」 「バトル・オン・フィールド!!」  僕たちの声が重なって響くと、地面はマス目状に青白く光りバトルフィールドが現れた。デッキがセットされ僕はカードに手を伸ばした。先攻は挑戦者から。全力で戦うには彼らを使うしかない。僕の最初のバトルカード。 「セット!行け、ラーメン屋の店主!」 「へいらっしゃい!」  ラーメン屋の店主、このカードの攻撃力は中堅クラスだ。最初の一手でダメージを大幅に削られるはず。 「そのカードで来ると思ってたよ、シュウ」 「え!?」 「セット!出でよ!女将さん!」  ゴウくんへ向かっていくラーメン屋の店主の動きが怯んだ。ラーメン屋の店主は攻撃相手に対する胆力と精神力が他のカードに比べて圧倒的に数値が高い。でも、一枚のカードに対してだけはその力を発揮できないのだ。たった一枚のカード、それが女将さんだ。  ラーメン屋の店主の前に女将さんが立ちふさがる。仁王立ちで腕を組む女将さんの姿。ラーメン屋の店主は崩れるように跪いて首を垂れた。手も足も出せない。完全に屈服したラーメン屋の店主。ゴウくんに一切のダメージを与えることなく、彼はフィールドから姿を消した。  女将さんの攻撃が僕へ向けてダイレクトに迫る。迸る痛みが全身を覆う。僕は耐えかねて片膝を付いた。 「そんな、どうして……」 「どうして分かったのか。そういう顔だな。簡単さ。前に言ったことがあるだろ?シュウ、俺はお前の考えていることが分かるんだ。そうだな、何ならお前の次の攻撃カード当ててやろうか?」  ゴウくんは僕に向けて指を折りながら言った。 「満員電車の乗客、狩猟ガールズ、空腹のサメ、灼熱の太陽。おおかたこの辺りのカードでも出すつもりだったんだろ」  背中がゾクリと冷えた。ゴウくんには全てお見通しだった。出会ったカード、仲間になってくれたカード、僕に力を貸してくれると言ってここまで一緒に戦ってくれたカードたち。見破られた僕の顔を心配そうに伺う彼らの姿が浮かぶようだった。でも、それでも僕はやるしかない。 「セット!覆い照らせ!灼熱の太陽!」 「無駄だって言ってるだろ!セット!反転カード発動、極寒の大海原!」 「うわああっ!」 「まだまだぁ!反転カードの効果でフィールド上にある水属性のカードは効力を失くし消滅する!」 「ああっ空腹のサメが……!」 「更に極寒の大海原の攻撃を受けた相手はカードの効果により次の攻撃を出すことができない!俺の攻撃はまだ続くぞシュウ!セット、くたびれたOL!」  くたびれたOLがフィールド上に姿を現す。このカード単体では攻撃力も防御力も低い。鍵になるカード、ゴウくんはそのカードを掲げた。 「救済カード!推し!」  くたびれたOLが推しの効力でみるみる強靭な精神力と活力を得ていく。あっという間に攻撃力が跳ね上がった。 「行けぇ!ダイレクト攻撃だ!」 「あああああっ!!」  僕の体は立て続けに受けたダイレクト攻撃でビリビリと痺れていた。体中が痛い。そんな僕とは対照的に、目の前のゴウくんはかすり傷ひとつ負っていない。僕はゴウくんに敵わないのだろうか。そんな風に心がざわついた。  ゴウくんが僕の前から消えてしまったあの日。その日まで、僕たちは幾度となく対戦し合い、その度にゴウくんはきらきらと輝く眩しい笑顔を向けて楽しんでいた。でも、今のゴウくんは。  痛みに歪む目を開き、ゴウくんを見つめた。漆黒に包まれたゴウくんの瞳。笑みを浮かべているその顔は全然笑ってなんかいなかった。苦しそうで、泣きそうで、助けてと必死にもがいている。僕にはそう見えるんだ。そんな彼をこのまま放ってなんかいられない。 「助けるって決めたんだ。僕がこんなところで倒れるわけにはいかないんだ!」  カードに手を伸ばし再びフィールドにセットする。 「セット!姿を現せ!迷子のインコ!」 「そんなカードで俺に勝てると思ったのか!?ガッカリだよシュウ!俺のカード、セット!出でよ、禁じられた監獄!」  ゴウくんのカードが形を変え、いとも簡単に迷子のインコが檻の中へ閉じ込められた。 「……ゴウくん。ゴウくんは僕の考えていることが分かるって言ってたね。事実、僕が並べたカードはゴウくんに見破られ続けた。でも、それはゴウくんだけに限ったことじゃないんだよ」 「なに……!?」 「僕にだって分かるんだ、ゴウくんの戦い方が。ゴウくんが次に出そうとしているカード、何処に攻撃を打とうとしているのか、どのタイミングで使おうと思っているのか、攻め方、守り方、次の一手。僕たちは戦い方が似てるんだ」  ぎゅっと握り締めた手に力が入る。顔を上げ、ゴウくんを真っ直ぐに見据えた。 「だって僕は、僕たちは双子だから!」  僕はセットしたカードに力を込めて呼びかけた。 「救済カード発動!漫画界の巨匠!」 「なっ……!」 「このカードは鳥属性カードが攻撃を受けた時に発動する!漫画界の巨匠カードの効力によって、迷子のインコは姿を変える!何人たりとも拒むことは許されない、不死の鳥!羽ばたけ、ファイヤーバード!」  監獄の中から眩しい光が瞬く。檻を打ち破り姿を現したファイヤーバード。その雄々しくも美しい羽を羽ばたかせ、ファイヤーバードはゴウくんの頭上を覆うように舞う。 「漫画界の巨匠、だと……!?何で、お前がそんなプレミアムクラスのカードを持っているんだ……!」 「託されたんだ、これまで一緒に対戦してきた仲間たちから。みんなライバルだけど、一緒に高め合ってきた大切な友達だ。彼らと約束してきたんだ、この理不尽な世界を終わらせるって。それが出来るのは僕だけだと。だから僕に託してくれたんだ、このカードを。この切り札を!行け、ファイヤーバード!ゴウくんにダイレクト攻撃だ!」  ファイヤーバードがゴウくんへ攻撃を繰り出した。ゴウくんのゲージはみるみる減っていく。 「ぐっ、あぁぁ……っ!」 「シュウ坊、あそこ!ゴウの背中から闇が浄化しだしてる!」  言われた先に目をやると黒いモヤのようなものがゴウくんの背中から上がっていた。ファイヤーバードは攻撃だけでなくゴウくんの中に渦巻く闇をも浄化したのだ。 「ゴウくん!」  バトルフィールドが消えると僕は一直線にゴウくんの元へ駆け寄った。倒れたゴウくんを抱き起こし、何度もゴウくんに呼びかける。すると、ゴウくんは薄く目を開け僕の呼びかけに応えた。 「シュウ……」 「ゴウくん!」 「ごめんな……。俺のせいで、シュウに沢山つらい思いさせた……」 「ゴウくんが悪いわけじゃない。ゴウくんは操られてただけだ」 「それでも、俺がいけなかったんだ。シュウ、2人で組んだゴールドマッチ、覚えてるか?」 「うん、覚えてるよ。とっても楽しかった」 「俺は違ったんだ。ゴールドマッチで俺は初めて負けを味わった。あの日から、勝ちたい気持ちがどんどん強くなって、もっともっと強くならなきゃいけないって、必死になってたんだ。そんな時だった。直ぐに強さを手に入れられる方法があるって言われて……。暗黒のカードに手を出したのは俺自身なんだ。どんなに強いカードを手に入れたって、こんなので勝ったって意味なんてないのに、分かってたはずなのに……、俺は、俺は……!」 「ゴウくん……」  悔しさと情けなさで歪むゴウくんの表情。僕は勝ちへ向かって燃やすゴウくんの情熱にいつも助けられていた。もうダメかもしれない、そんな風に気持ちが後ろ向きになった時、ゴウくんはいつもその情熱で僕を奮い立たせてくれた。どんなピンチもゴウくんのお陰で乗り越えて来れた。そんなゴウくんの、心のほんの隙間を利用した誰かがいる。そんなの絶対に許せない。 「あーあ、もう少し利用できると思ったんですけどねぇ」  突然降ってきた声。振り返ると黒いマントを羽織った怪しい人影が立っていた。フードを被っていてその顔はよく見えない。 「誰!?」 「その声……!俺に暗黒のカードを差し出した奴だ……!」 「きみにはもっと働いてほしかったのですが、残念です。いらないオモチャは廃棄処分しないといけません。そういうわけですので……」  そう言うと彼は腕を上げ、冷たい声で口にした。 「グリッド」  彼の一声でバトルフィールドに似た地面がたちまち現われる。懐からカードを取り出すと彼はその中から5枚のカードをマス目上に放り投げた。具現化したキャラクターたちが姿を現し僕らを見下ろす。 「きみにはこれくらいで十分でしょう。では、後片付けよろしくお願いします」  そう言ってマントを羽織った彼は踵を返し、闇に紛れて姿を消した。目の前には巨大なキャラクターたち。みんな、操られていた時のゴウくんと同じ、光の無い目をしている。きっとこのカードたちも暗黒のカードの影響を受けているんだ。 「シュウ、ここから逃げろ」 「え?」 「これは俺が招いた結果だ。後始末は俺がする。だからシュウは早くここから――」  言い切るのを待たず、僕はゴウくんの頭にチョップを食らわせた。 「あだっ!」 「そんな風にカッコつけても無駄だよ」  僕は立ち上がり、立ちはだかる巨大なキャラクター達を見上げた。 「二人で帰ろう、元の世界に。僕はゴウくんと一緒がいいんだ」 「シュウ……」 「大丈夫だよ、きっと勝てる」  振り向いて僕は笑みを浮かべながらゴウくんに手を差し伸べた。 「だって僕たち、最強のコンビでしょ?」  驚いた表情を見せたあと、ゴウくんは不敵な笑みを浮かべた。ああ、やっぱりゴウくんはこういう笑顔が一番似合う。  差し伸べた手を掴み、ゴウくんが立ち上がった。隣に並んだゴウくんが僕を見て頷く。 「行くよ、ゴウくん!」 「おうっ!」 「バトル・オン・フィールド!!」  ちょうどその時インターホンが鳴った。ああ、もうこんな時間か。将太は映像を止め、玄関へ出向いた。 「将太、お昼も買ってきたから一緒に食べよ!」 「ああ。部屋の中、段ボールでちょっと狭いけど、テキトーによけて座って」  部屋に入ると幸太郎は真っ先にテレビ画面に視線を向けた。 「あれ?アニメ見てたの?」 「あー……ごめん、荷造りしてたら昔好きだったアニメのDVD出てきて懐かしくて思わず見てた」 「へぇ、僕これ知らないや。ねぇどんな話?僕も一緒に見たい!」 「それより荷造りが先。手伝いに来てくれたんだろ?」  映像を終了させ、DVDをケースに戻す将太。その隣で幸太郎が頬を膨らませながら言う。 「えー、自分は手止めて見てたくせに」 「んー、じゃあ引っ越してからゆっくり、な?」  部屋に柔らかな光が差す。まだ少し肌寒さのある春の日差しに幸太郎は目を細めた。 「一緒に暮らすの楽しみだね。毎日将太と居られるなんて僕幸せ過ぎて顔ゆるゆるになっちゃうよ」 「コタ、浮かれるのはいいけど、家事の分担忘れるなよ」 「だーいじょぶ、だーいじょぶ!」  その返答が既に心配なんだが。そう思いながらも、共に暮らすことへの楽しみは否定できない。新居へ引っ越したらまずは二人でこのアニメでも見よう。将太はDVDケースを段ボールの中に仕舞った。この先の、賑やかで楽しい日常を思い描きながら。 -fin-
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