2.十九才 大学二年生 梅雨 

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 第五スタジオは、出入り口の扉側とその右手側を除いた二方に大きな鏡が張られていた。  ぐるりとバーが巡らされ、高い天井の近くに明かり取りの横長の窓があった。  リノリウムのグレーの床。  出入り口のくぼみで靴を脱ぐ。  スタジオの中にはかがりがいた。ひとりで。  かがりはラベンダー色の袖の短いレオタードを着て、薄いピンクのタイツと同色のバレエシューズを履いていた。  かがりはバーを握っていた。  レオタードの背中は大きく開いていて、汗が光っていた。  髪を小さくまとめていて、小さな頭がさらに小さく見えた。踊るために生まれてきた妖精みたいだった。  僕はかがりに伝えた。その姿は妖精みたいに素敵だと言った。  僕はかがりと話すほうが気安かった。  隼とふたりでは何を話していいのかどぎまぎすることがあった。 「わたしより、手脚が長くて素敵に踊る人は、たくさんいるのよ」  後に隼は僕に話した。体格には恵まれなくても、かがりは競技に愛されているのだと。  隼自身は、サッカーに、叶わない片想いをしているようなものなんだと。 「手脚が長いほうが良いの?」  僕は尋ねた。手脚の長さでいけば、僕はクモのようにひょろりと長かった。  鏡張りの空間は自分の身体の貧相さを自覚させ、僕を落ち着かなくさせた。 「そのほうが舞台映えするわ」  八月には、部にとって一番大切な大会があるのだそうだ。  ここはダンス部の部員が個人練習を許可されているスタジオだった。  片隅にはグランドピアノがあって、カバーがうっすらとほこりを被っていた。ピアノに鍵がかかっていないのを僕は確認した。  独りで何かこつこつやるのが好きだ。  ピアノは習っていたがジャズピアノは独学だった。本ばかり読んでいた。  大学では植物に寄生する菌のことを学ぼうと思っていた。  隼やかがりのように、自分の身体に向き合う、という感覚は僕には分からなかった。  誰かと何かを競うということも。
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