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道徳教育の講義は水曜日の二限だった。
三人並んで講義を受けるようになった。かがりを真ん中に。
かがりに向けられる隼の眼差しの、おすそわけをもらいながら。
かがりはシャープペンシルを握りしめなくなった。
かがりはたまに、僕のノートにちょこちょこと落書きをしたり、三人でお絵かきしりとりをしよう、と言って僕らを困惑させたりした。
彼女が僕に向ける信頼しきったような顔は、不可思議ですらあった。
嬉しくないわけではなかったのだけど。
教室を出たところにある広い廊下で、パールホワイトのジャージを着たグループとすれ違うことがある。
かがりは息を止める。
隼がそっとかがりの背に触れる。
かがりは息を吸う。一度ゆっくりと吐く。
ゆっくりと吐いて、と隼が囁く。
ほら、一度、息を吐ききってごらん。やさしく囁く。
「おはようございます」
お腹から声。きっかりと四十五度に倒される上半身。
かがりの髪がさらさらと肩からこぼれる。
まっすぐに伸びた背と首筋。
おはようございますと手を振って通り過ぎてゆく一団。時間帯に関係なくいつでも朝の挨拶。
かがりが顔を上げる。
まだ張り詰めた雰囲気を残すその頬に、隼が口付ける。
「あれは後輩なの」
秘密裏に爆弾を処理する特殊工作員のような口調で、かがりが僕に説明してくれる。
「部活の?」
かがりが頷く。
「ダンス部の」
似合う、と思った。
同時に、怯える小動物のようなかがりが人前で踊る姿は想像できなかった。
「踊っているときは言葉が要らないから良いの」
熱心に説明しようとするときのかがりは、肘から先が、物言うように胸の前で動く。
「隼がね、考えてくれたの。身体に覚え込ませればいいんじゃないかって。だから、一度息を吐ききってから声帯を開いて吸うの、お腹の所をね、お辞儀しながら縮めるの。声を押し出すの」
感心した。
声を出すシステムについて、そんなに真剣に考えたことはなかった。
「すごい」
僕は隼にも賞賛の気持ちを伝えた。
「確かに、動きと言葉が一体となっているみたいな、良い挨拶だったよ」
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