2.十九才 大学二年生 梅雨 

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2.十九才 大学二年生 梅雨 

 それは僕にとって、もしかしたら初めての、心から楽しいと思える他者との交流だった。  道徳教育の講義の後の休み時間には、必ず三人で過ごした。  晴れた日には芝生の上で、梅雨が近づいて来た頃には、教室の外廊下のベンチに身を寄せ合って。  お尻の下の木の固い感触、纏いつくように降る雨の湿った気配。  三人でいると、僕を覆っていた薄い膜がはがれて、世界が肌に直接触れるような心持ちがした。  世界は存外優しいと思った。  僕が持っていた英語版の『華氏451度』を音読してあげたこともあった。  僕は中学から日本に帰ってきた。僕にとって英語のほうが読みやすいものと、日本語のほうが読みやすいものとがある。  ブラッドベリはそのどちらでもなくて、ストーリーを楽しむ作家なのだろうか、文章そのものを楽しむ作家なのだろうかと迷っていたところだった。 「ケロシーン」  かがりは嬉しそうに繰り返した。  それは本を焼いてしまう場面だよ、と説明したら、身体を洗われている猫のようにもの悲しげな顔になった。  かがりを見ているとadorableという単語が思い浮かぶ。  小さな子供や小さい動物に向かって「可愛らしい」という意味で使われることが多い表現だ。  日本語の可愛い、という意味よりもうちょっと、神様に愛されたような美しさの意味で、僕には感じられる。  隼はどこかさみしげに頷いた。 「かがりは踊りの神様に愛されてるよ」
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