『七才』

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 髪の毛をそっとなでられたあと、ほっぺにやわらかいものがさわった。  お母さん?  ちがう、ハヤテだ。  ハヤテがお仕事から帰ってきた。  おかえり、と言いたかったのに、眠くてぼうっとしてことばが出ない。  ユキトはもう少しパソコンのお仕事をすると言って、わたしは先に寝かせられてしまった。  このベッドはお母さんと寝ていたから、一人ではとっても広い。  かがり、とハヤテが言った気がした。  わたしは夢の中で身体をこわばらせる。  わたしとお母さんの名前は似ているけれど、ハヤテは一回もまちがえたことなんてない!  がちゃり、とドアの閉まる音で、わたしははっきりと目が覚めた。  むねがどきどきしている。  ハヤテは、かがり、と言った。  どうして?  聞けなかったこと。  話せなかったこと。  ハヤテはほんとは、わたしよりずっとずっと、お母さんのことが好きなんじゃないかって。  ハヤテもお母さんを追いかけて、遠くへ行ってしまう?  ハヤテはどうして、ユキトともキスするの?  お口にキスするの?  けっこん、て3人でするもの?  ハヤテがわたしのお父さんなの?そうじゃないの?  わたしはぎゅっと毛布をにぎりしめた。  わたしはもうすぐ一年生だもの、一人でお風呂に入らなくちゃいけない。一人で寝なくちゃいけない。    だけど、もう、ぜんぜん眠くならない。  リビングは真っ暗だった。  わたしはオトナの部屋の前に立った。 「オレは、かがりみたいに、競技に愛されてるわけじゃない」  オトナの部屋でハヤテとユキトは起きている。  話し声が聞こえる。  きょうぎにあいされてるわけじゃない、と言ったのはハヤテの声だ。  わたしはあわてた。  ハヤテの声。ハヤテは泣きそうな声だった。  泣きそうで弱々しくて。  ハヤテはいつだって、めそめそするのと真反対みたいな人なのに。  ハヤテが泣いてしまう。  わたしはオトナの部屋のドアを、思いっきりどんどん、とたたいた。  聞けなかったこと。  話せなかったこと。  別に、わざと、お父さんって呼ばなかったわけじゃない。  ずっと、ハヤテはハヤテ、ユキトはユキトって呼んできたんだもの。  お父さんって呼びそこねちゃった、だけなんだもの。  どっちがわたしのお父さんでもかまわない。  どこへも行かないで。
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