『七才』

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 朝になって、ハヤテはパンケーキを焼いてくれた。  珍しくシロップもたくさんかけてくれた。  ハヤテはわたしを甘やかすのが上手。  ひかりが世界一だとわたしのほっぺたにキスをした。  そんなことを言ったら、ユキトがやきもちをやくよ、とわたしは言った。  ゆうべ、あのあと、おせっかいなユキトが、すぐさまお母さんにビデオ電話をかけた。  そのせいでわたしはお母さんの前でも、みっともなく泣くはめになった。  ひとしきり泣いたあと、わたしはお母さんにお話しした。 「しかたないから、わたし、一年生になる」  お母さんは、昼間の光の中にいた。 「ひかりがこわがったらいけないと思って、だまっていたんだけど。小学校一年生は、わたしにとって暗黒の時代だった」  どういうこと? 「座っていることができなくて、だいたい、トイレと廊下と自分の席を、いったりきたりしていたの。友達はできないし、先生にはきらわれてた」  ハヤテが笑った。 「確かにかがりは大学の講義でも、いつもすごく縮こまってた。いごこちがわるそうだった」  ユキトも言った。 「でも、僕たちは、教職課程の授業で出会ったんだよ。覚えている?」  そうよ。と、わたしのお母さんは言った。 「優等生で、学校が大好きな先生ばかりじゃ、わたしみたいな子どもが困るじゃない」  だから大丈夫よ。と続けた。  小学校もそう悪いところじゃないから。わたしみたいな先生が一人くらいいるよ、と。  わたしは思う。そういうことじゃないの。  わたしは大きくなるってことに決めたのよ。  でも、それは言わない。  そのかわり、わたしは、お母さんのいないあいだにもハヤテとユキトがキスしていることを、お母さんにばらしてしまう。  わたしは、お母さんが、この中でいちばんやきもちやきだってことを知っている。  今日、ハヤテは長めのお休み時間を取って、わたしを公園に連れて行ってくれると約束してくれた。  ちゃんとサッカーのリフティングもやって見せてくれるって。  わたしもむかしから、ハヤテに教えてもらっていたから、けっこうできる。上手く続けられるとすごく面白い。  ユキトにやってもらうと、あまりのへなちょこさに笑ってしまう。  サッカーのセンスがあるってことは、ハヤテがわたしのお父さんってことなのかな? 「あのね」  わたしは、パンケーキを食べているハヤテとユキトをかわりばんこに見た。 「いつか、わたしが、おとうさーんって大きな声で呼んだら、二人とも必ず返事してね。」 「いま、練習する?」  ユキトが聞いた。  ユキトってこういうところ、センスない。 「いまは、いい」  わたしはちょっと赤くなった。  そのかわり、とわたしは心の中で言う。  聞けないこと。  話さないこと。  秘密があるからって、わたしが三人の子どもであることに、かわりないでしょう。  そのかわり、わたしのお父さんがだれかってことは、ぜったいに、わたしが死ぬまで内緒にしておいて。 〈完〉
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