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1.十九才 大学二年生 春
始まりは十九才。大学二年生だった。
その授業の名称は道徳教育というものだった。教職課程の授業だ。
最初の授業で、その教室に集められた学生全員が、学籍番号の順に自己紹介をさせられた。
耳慣れない、というよりは久しぶりに聞いた言葉に興味を惹かれて、僕は後ろを振り向いた。
「みそっかす、だったので」
言葉の主がかがりだった。
「そういう生徒を見捨てないように、なりたいです」
五十人ほどの学生、中規模の講義室。
僕はジャージやトレーニングウエア姿の学生に囲まれて履修申請書をしげしげと確認していたところだった。
何らかの履修申請のタイミングの妙か、僕は一般の学生でなく体育学科の輪の中に、ひとり放り込まれていた。
かがりが消え入るような声で自己紹介を終えて席に座ると、その隣の席の男が、彼女の髪を撫でて耳に何か囁いた。
かがりのまっすぐな黒い髪が彼の指からこぼれ落ちた。
その男の、少しくせのある髪の明るさ、厚みのある肩、かがりを見つめる横顔のふせられたまぶた。
あまりに優しげな、慈しむような表情に、僕は目を奪われた。
あんなふうに包み込むような眼差しで見つめられるのは、どんな気持ちがするのだろうと、それは今も思っている。
隼とかがり、僕の目はふたりの姿を追うようになる。
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