1.十九才 大学二年生 春 

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 日本国憲法第九条、いわゆる平和主義についてのディスカッションが行われたのは、ゴールデンウィークの直後だった。  指定された五人から六人づつの班に分かれて机をがたがたと寄せ合う。  僕の目の前の机にかがりがいた。  改めて至近から見ると、かがりはお人形のようだった。  真ん中で分けたさらさらの黒い髪、むきだしの白いおでこ、問いかけるような大きな目。  喉元まできっちり引き上げられたジッパー。  じゃんけんで司会になったのはサッカー部の男子学生だった。  僕はこういう話し合いには、いささか失望させられることが多かった。  この日も、僕以外のメンバーはさっさと話をまとめようとした。この班の結論としては九条の改正に賛成か反対か。  別に結論を急がなくてもいいじゃないか、と僕は口惜しく思う。  話し合うことに意味があるのに。  さっさと結論を出して、あとは雑談でもしとこう、そんな雰囲気が漂っていた。 「自衛隊だってあるんだしさ、動きやすくしたほうがいいんじゃない? 現状に合わないんだから改正って方向で、いい?」  司会の男子学生が僕の顔を覗き込んだ。  彼の手の中でボールペンがくるくると回る。器用だなと思う。 「現状に合っていないとだめなの?」  その時、吹いて飛びそうな声で、かがりが初めて発言した。  かがりはシャープペンシルを握りしめていた。  結構な力で握りしめられていることが、僕には見て取れた。 「現状に合っていないんだって、毎日考えるのはだめなの? 改正しないとだめなの? これはおかしいのかもしれないって、毎日考えていたら、そのほうが平和になれるんじゃないかと思うの」  僕はぽかんとしてかがりを眺めた。  班の他のメンバーも呆気に取られた顔をしていた。  彼女が何を言わんとしているのか、みんな測りかねていた。
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