1.十九才 大学二年生 春 

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「かがりの通訳はどこへ行った?」  司会の男子学生が教室を見回した。  もう一人の学生が隼を探し出して指さした。  離れちゃって残念だったな、とそいつはかがりに笑いかける。他意は無いのかもしれないが幼子をあやすような口調だった。 「あいつストイック風になっちゃったな」  隼は教卓に近いところの班にいた。ちょうど講師を交えて議論しているらしき姿が見えた。  僕はぼんやりしたまま、その会話を聞いていた。  司会の男子学生だけでなく、この班の、かがりと僕以外の四人はみんなサッカー部員なのだということが分かった。  うちの大学はスポーツが盛んで、特にサッカー部は強豪なのだと知ってはいたけれど、実際に層の厚さを実感するのは初めてだった。 「隼?」  心臓がひくっと刺されるように感じた。  その名前。ハヤテ、と口の中で反すうする。  初回の授業の自己紹介で覚えていたのはかがりの名前だけだった。 「隼だって二軍だろう?」  会話を黙って聞いていたかがりが、もの問いたげにまばたきをした。  シャープペンシルを握りこんだ指先は白くなっていた。  ほどなく授業の終わりがやって来て、司会の男子学生はそつなく講師に返答した。  私たちの班の話し合いとしては、憲法九条を現在の国際状況に見合う方向で改正したほうが良い、との結論に達しました。  再び机をがたがたと元の場所に直している最中に、かがりに声をかけた。
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