7.二十才 大学三年生 春 

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 三人が出会って二度目の、五月の終わり。  日差しが強まり爽やかさを通り越して、眩し過ぎるくらいの日だった。  倉庫に着く頃に僕は頭が痛くなった。  目の前に星が飛ぶ典型的な偏頭痛。  もともと頭痛持ちではなかったから、何が起こったのかよく分からなかった。  倉庫の扉を後ろ手に閉めたときに、僕はよろめいた。  暗さに目が眩むなんて変だなと思った。  隼の腕が僕を抱きとめた。  隼の肌の匂いに、酔うような感覚になった。  手でしても良いか、とよろめいたまま僕は尋ねた。  口でしたら吐いてしまうかもしれないと思った。  隼は顔をしかめた。  怒るような勢いで鉄扉を閉めた。  そのまま僕たちはずるずると床に座り込んだ。  背もたれ代わりの倉庫の扉がほんのりと背骨を温めてくれた。 「初恋は」  言いかけて隼は質問を変えた。 「ユキはオレが好きなのか?」  扉の隙間から差し込む光が隼のまつげを浮かび上がらせていた。苦しそうに歪む横顔も。  痛む頭と澱む思考。  もしかしていま自分は振られているのかなと思った。  恋をして告白をして、振られるという可能性をどうして忘れていたんだろう。  僕は隼を苦しめたくはなかった。  かがりの検診の度に、増えていく胎児のエコー写真。形を変え始めたタマゴ。  妊娠週数が進まないうちは、検診は経膣で行われる。  かがりの膣内に医師が器具や指を突っ込むのだ。  隼は敵討ちのような顔で男性医師を睨みつけていた。  隼にとってかがりは愛と執着の対象だった。  隼は僕とかがりの交わりを、どんな思いで見ていたのだろう。  「ユキはオレに何を望む? 何がほしい?」  苛立つ隼は僕を悲しくさせた。  隼は不敵な笑みで僕を翻弄するけれど、声を荒げるようなことは、したことがなかったのに。
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