1.十九才 大学二年生 春 

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「さっきの、なんだけど」  かがりは怯えるうさぎのように後ずさった。  僕は、まずいことをしちゃったのかなと思いながらも続けた。 「現状に合っていないことを、変えないけれども、考え続けるということ?」  かがりは息が詰まったみたいな様相で、かくかくとうなずいた。  配付された資料によれば、日本の、防衛費という名の軍事費は世界の軍事費ランキングの中で常に十位以内に入っている。アメリカは別格のぶっちぎりのトップだ。  だけど世界的なバランスを見れば自衛隊は立派に軍隊なのだ。  君がこれを読むときに、世界のパワーバランスと憲法はどうなってしまっているだろう。  憲法九条は確かに現状に合っていない。合っていないが九条も自衛隊もどちらも必要なもので、その矛盾を自覚し続ける、ということだろうか。  僕は彼女を見つめた。震える長いまつげを。  この女の子は見た目ほど、ただのお人形みたいな子じゃないんだろうと思った。 「斬新だし、何かの突破口になるような考え方だと思うよ。そういう風に考えてみたことがなかった。変えないけれど自覚し続けるって。それは強さが要るよね」  かがりの白い顔がみるみる紅くなった。  血液の移動する音が聞こえるかのようだ。大きな目がさらに見開かれた。  僕は謝る寸前だった。  こういうときは謝った方が良いと頭に染み込みかけていた。悪いことをしたつもりはなかったけれど、泣かせるつもりもなかった。  かがりは泣かなかった。  花が咲く瞬間というものを見た。  かがりは笑ったのだ。  それはもう、僕かかがりか、どちらかが恋に落ちたのではないかと思わせるくらい、ほころぶような笑顔だった。
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