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8.十八才 大学一年生 初夏 回想
この倉庫について、もうひとつ告白がある。
隼からの告白だ。
「かがりはここに隠れてた。あのブルーシートの間に潜ってて。熱中症みたいになってて。さっきのユキみたいに死にそうな顔をしてた」
僕がふたりに会うよりずっと前の出来事だった。
大学一年生、教育学部体育学科の新入生の共通科目。
踊れるけれどしゃべるのが苦手な女の子と、野心を秘めた目をしたサッカー部の男の子が出会う。
どちらも親元を抜け出してきたばかりだった。
二百五十人もいる体育学科の新入生の中で悪目立ちしている女の子。
挨拶が出来ないのは、何より許されざる世界だ。
「かがりを無理にしゃべらせちゃいけないと思った」
いや、違うな、と隼は顔を覆った。
「こわかったんだ。好きだとか付き合ってとか、こわくてとても言えなかった。臆病で聞けなかった」
縮こまって見える子。
明日には学校に来なくなってしまうのではないかと思う。目で追ってしまう。
震える白うさぎのような子だと思う。
跳び去る後ろ姿があまりに完成されていて驚く。
名前を覚えてもらっただけで嬉しい。
湖の上に広がる波紋のような、そのあるかなきかの風のような。
かがりの口から自分の名前が発せられたときに、耳を澄ませ、懸命に風を感じる。
自分の名に価値があるように思える。
隼は告白した。懺悔のように。
隼は、かがりを目で追いながら、その間も名前も覚えていないような女の子と寝続けた。
初めての感情の、置き所が分からなかった。心と体が分裂する。ついてこない。
サッカー部の仲間は隼がふざけていると思った。非難する者もいた。
かがりを、つまみ食いして捨ててしまうような女の子として選ぶのは、悪ふざけが過ぎていると。
どんな相手にも、自分にも、壊れやすい心と身体があるのだと知らなかった。
肉体なんていくらでも再生可能だと思っていた。
「一度寝た女の子なんて、鼻をかんだティッシュみたいに扱ってた。罰が当たったんだと思ったよ」
どこから話せばいいかな、と隼は倉庫の床に座ったまま思案した。
僕の唇にはまだ隼の唇の感触が残っていて、じくじくするような気持ちを抱えていた。
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