8.十八才 大学一年生 初夏 回想 

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 かがりは上手く隠れた。なかなか見つからない。範囲も広すぎた。体育館とプールと校舎と、ふたつの大きなグラウンドと。  まだ連絡先さえ交わしていない関係だった。  諦められない。ここで諦めて帰ったら、かがりとは途切れるのだと思った。  隼は、仕方なく部活もさぼって探し続けた。 「全然見つからない。からかわれたのかなと思って、諦められないっていうより、腹が立ってたのかもしれない」  この倉庫は夕方、陽が当たるのだ。今も鉄扉に太陽があたって暖かい。  夏休み前なら暖かいを通り越して、暑いくらいになっていただろう。  僕は天井を仰ぐ。扉の隙間から差し込む細い光。むき出しの梁につもった砂埃。  微細なほこりが光の筋の中に揺らめいて、空気がそこに存在していることを伝える。  いつからあるのか分からない蜘蛛の巣。  かがりもそれを見ていただろうか。倉庫の扉が開き、光が溢れるその時を、祈るように待っていただろうか。  隼がやっとかがりを見つけたとき、かがりは倉庫の床でブルーシートにくるまって、息も絶え絶えな様子だったという。 「汗でかがりの髪がおでこや首に張り付いてた。身体に力が入らないみたいで、唇がすごく乾いてて」  隼は泣きそうな顔をしていた。僕の口腔内に射精した後も、こんな顔をしていた。  止められなかった。  隼はそう絞り出した。  喉の渇きに全身が支配されるように、理性の留め金が簡単に外れた。  疲労と焦燥の後の、安堵と混乱。  逆流して流れ込む血液。  止められない。 「ここで最後までしたわけじゃないんだ。キスして。多分、さっきユキにしたみたいにひどいキスだった」  ひどいキス、は酷いと僕は思った。 「無理矢理にしたいなんて思ってなかった。ただ、オレに心配をかけさせたかがりを、許せないみたいな気持ちになって」  隼の、歯の隙間から空気の音。  全力疾走をした後のような。 「かがりを怖がらせた。取り返しがつかないことがあるなんて、知らなかった」
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