9.二十才 大学三年生 夏から秋

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 付き合ってください、という言葉の意味を理解するまでに時間がかかった。  大学三年生になって、研究室にも出入りするようになった。  夜九時近く、僕とそのひとのふたりきりだった。  実験器具の入ったキャビネットを見つめたまま、そのひとは僕に告げた。  かがりのように髪の長い、かがりよりも背の高いすらりとした女性。年上の大学院生だった。  僕はそのひとの指先を見つめていた。  器具を扱う手順を説明してくれるときの所作がきれいだったこと。  指の動きがきれいですね、と口に出して伝えたことを思い出した。  思いのほか嬉しかった。  好意をもってもらえたことは素直に嬉しかった。  足を踏み出したら違う宇宙にたどりついていたような心持ちがした。  かがりのお腹の膨らみが目立ち始めた頃だった。  解決しなければならないことは山積みでいつも焦燥感を感じていた。  それは僕だけじゃない。  今までならあり得ないようなちょっとしたことで三人の間に不穏な雰囲気が漂うこともあった。  三人でいるが故のみじめさ、というのは新しい感情だった。  将来の不安とお金の心配。
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