9.二十才 大学三年生 夏から秋

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 全く違う宇宙に踏み出す可能性だって持っているのだと、告白をされて僕の心は舞い上がった。  かがりとも隼とも関係なく、ほかのひとの手を取って、今いる宇宙から脱出できる。  そういう選択肢が自分にあったのだと。  僕の心はすぐに舞い降りてきた。  気持ちは嬉しいです、とそのひとに伝えた。  研究室を逃げるように後にして、非常階段の階段室の重い扉を開けた。  冷たい手すりを握りながら隼に電話をかけた。  隼やかがりだって、違う宇宙へ旅立つ可能性があるのだ。  僕を置いてふたりだけで。あるいは全く別のひとと。  赤ん坊を抱いて違う宇宙にひらりと飛び移っていくかがりの脚。  僕でもかがりでもない、知らないひとを抱きしめている隼の背中。  想像すると僕の指先は痺れてくる。  握った手すりの感覚さえ失いそうだ。  隼は僕を迎えに来た。  生物学系の研究棟の前で立ち尽くす僕に、しょっぱい味のする、全然ロマンチックじゃないキスをした。  しょっぱいのは隼の汗だったのだろうか、僕の涙だったのだろうか。 「ここは迷路か」  隼は文句を言った。  Tシャツのえりもとをあおいで身体に風を送っていた。  もう金木犀の香りが漂う季節だったのに、隼は汗をかいていた。  この大学は敷地が広すぎるのだ。隼は体育学科のエリアからほとんど出たことがないのだから、この場所をよく見つけてくれたものだと思う。 「ユキ。オレが悪かった。もやしときな粉のことで、朝からイライラして悪かった」  僕は院生から交際を申し込まれた瞬間と同じくらい、きょとんとした。  そういえば今朝、食物の栄養価のことで、隼とかがりが珍しく意見を違えたのだ。  かがりは今まで、隼に意見するようなことはしなかった。
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