9.二十才 大学三年生 夏から秋

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 その夜。二十四時間営業のスーパーマーケットに三人で出かけた。  妊婦なのにぴょんぴょんと跳ねたがるかがりの手を引く。  かがりは悪阻が終わって食べ物を見るのが楽しい、とはしゃいだ。隼は買い物カートを押す。  騒々しくて馬鹿らしい深夜のショッピング。  かがりは、きな粉の優秀さを力説する。タンパク質が豊富で安価だ。  枝豆にしよう、と隼は僕に耳打ちする。きな粉は脂質も多いのだとか。  どっちも豆じゃないかと僕は口にはしない。  ひっそりと微笑む。  ちりちりとざわめく胸。  かがりと繋いだ手のぬくもり。 「ゴミ袋の節約は失敗しちゃったね」  残念そうに、かがりが四十五リットルのビニール袋をカートに入れた。  ゴミを詰め込みすぎて袋が破れて惨事を引き起こしたのは、一昨日の朝だった。  生活の価値観のちょっとした違いは、お金に余裕があれば、ちょっとした違いで済むのだけど。  三人で旅行に行ったこともなかった。  スーパーマーケットがワンダーランドで、アパートの狭い部屋が僕たちのお城で、僕たちはむしろ、そこから逃れられない。
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