1.十九才 大学二年生 春 

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 左の頬に視線を感じた。隼だった。  隼は机ふたつ分くらいの距離から僕たちを見ていた。  幽霊を見たような顔をしていた。  隼、その名を聞いた瞬間と同じように心臓が跳ねた。  身体が自分に知らしめるのだと、後に僕は理解する。  隼の気配は僕の毛を逆立たせた。 「隼」  満面の笑みのまま、かがりは隼の首に飛びついた。消え入りそうな声ではなかった。  隼はかがりを抱きとめて、髪を撫でた。  僕は肩で息をついた。  隼は僕に微笑みかけた。  はっきりした二重の目と意志の強そうな眉。  窓から差し込む陽が隼のまつげに引っかかっている。  隼は僕の名前を尋ねた。 「ユキ」  最初から、隼は僕を幸人(ユキト)ではなくユキ、と呼んだ。そんなふうに僕を呼ぶのは後にも先にも彼だけだった。  彼とかがりだけ。 「ユキ、オレたちと来る?」  完璧な誘い文句だった。  隼は貫くような目をしていた。かがりは隼の胸に頬を預けたまま横顔でこちらを振り返った。  隼の目は僕を貫いたのだった。
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