10.二十才 大学三年生 十一月

1/3

58人が本棚に入れています
本棚に追加
/134ページ

10.二十才 大学三年生 十一月

 ひかり。  君の名はかがりが名付けた。  これ以上ぴったりな名前はないと思っている。君は僕たち三人に光をもたらしてくれた。  愛するということを、僕は君から教わった。  僕が君を愛する気持ちは、君に伝わっているだろうか。  伝わっていてもいなくても、僕は君を愛し続ける気がするんだ。  君は泣いて飲んで排泄をして、生きるという爆発的なエネルギーを発散していた。  ただ存在してくれている、それだけでいい。  ひかり。  君は十一月の始めに産まれてきた。  明け方に産まれてきた。  立ち会い出産は、かがりが希望しなかった。かがりは痛みで取り乱す自分を見られたくないと言った。  妊娠検査薬の日から出産まで、かがりは常に凜としていた。  身体を使う競技なのだ。指導教官や他の部員たちに妊娠を隠しておくことは出来なかった。  かがりは隠さなかった。  自ら助けと指導を求め、大学に残る条件について交渉した。  僕はかがりの横顔と、まっすぐな背骨と首筋を誇らしく思った。  君のことも。二千五百グラムすれすれで産まれてきた小さな君のことも。ほんとうに誇らしく思う。  ひかり。君が何のために生まれてきたのか、僕には分からない。  産まれたての赤ちゃんというのは、ほんとうに赤々としていて、握り込んだ小さな手に小さな爪がついていた。  こんなに小さな爪があるのかと僕は感動した。  いいかい。  赤ちゃんというのは爪だけで誰かに感動を与えられるんだ。すごいじゃないか。
/134ページ

最初のコメントを投稿しよう!

58人が本棚に入れています
本棚に追加