10.二十才 大学三年生 十一月

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 かがりが自らの生い立ちについて語ったのは、君が産まれてきたその夜だった。  完全個室の母子同室。  かがりはトイレに行くたびに老婆のように背を丸め、下半身をかばった。かがりに関して言えば、陣痛よりも産褥期の方が痛々しく見えた。  かがりが消え入るような声で話すのを久しぶりに聞いた。  これはかがりを理解する上で、とても重要な話だと思っている。  君を産み落とすときに、かがりは自身の少女時代の不安も一緒に産み落とした。  君の人生に対して、かがりはそれだけ真剣だったし、今も真剣だ。  踊るために生まれてきた子。  かがりのことをそう考えたのは、かがりのお祖母さんだったのだそうだ。  父方の祖母、とかがりが言うとき、それは新種の生物の名前みたいに響いた。  かがりは三歳から父方祖母の運営するバレエ教室でレッスンを受け始めた。  確かに、踊るために生まれてきた子のようだったのだろう。いろんなものが花びらやリボンのように見えたのだとかがりは幼い頃の感覚を表現した。  そう言うと祖母は喜んだ。母親は戸惑った。  保育園や幼稚園には行ったことがなかった。  小学校の先生は常に手や足をひらひらさせて落ち着かない子どもの扱いに困った。  かがりは口を閉ざした。  何故自分の席に座っていられないのかと問われても、自分でも理由が分からなかったからだ。  自分の席というものをよく見失った。 「踊るのが好き、というより、動くというのは踊るようなものだと思っていたの。正しい動き方というのは教わったわ。太腿のつけ根の扱い方だとか、膝とつま先の方向だとか。疲れたと感じたことはなかったの。わたしが正しく動き続けていれば、みんな幸せそうに見えたの。お祖母さんもお母さんも、多分お父さんも。たくさんオーディションも受けたの」
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