11.二十一才 大学四年生 初夏

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 そもそもの始まりから僕たちには性的なことが重要な位置を占めていた。  無目的な性欲と葛藤はそのまま僕たちの関係性だった。   君を母に預けてかがりのアパートの部屋に戻った。  かがりと隼はすでにシャワーを浴びて待っていた。  後ろ手にちゃちな鍵を閉める。  僕たちの子ども部屋はマジカルな浮遊感を失い、よそよそしく寒かった。  夕暮れ時の最後の陽の光に透けるカーテン。  かがりの頬は赤く染め上げられていた。目元の影は、かがりを実年齢より老いて見せた。  いつものように床に敷かれた大きなマットレス。  かがりはその上に座り、白いブランケットを肩から落とした。  甘いミルクの匂いがかすめた。  かがりが自分で気にするほど、産後の体型の変化というものは感じられなかった。  むしろ、青い血管が薄くにじむような、張った乳房は独特の色気を感じさせた。  控えめに言って、かがりはきれいな子だった。  僕は誇らしいような、それでいて寂しいような気持ちになる。  隼は、のまれたようにかがりだけを見つめていた。  かがりは視線を泳がせ、僕の手を取った。  かがりの手は震えていた。  かがりの脈は今、早いのだろうか。  僕はかがりが性行為から一年以上も遠ざかっていたことに気が付く。  かがりは産後、僕の実家に身を寄せていた。  僕と隼は、このかがりの部屋で、真昼の愛人ごっこを続けていた。  上り詰める直前の数分間。  その間だけは忘れてしまえるものだ。  解決しなければならない諸々のことも、理不尽に感じられる要求も。  自分の性癖について何故、他人に頭を下げて許しを請うような真似をしなくてはならないのか、という屈辱感も。   隼が僕に挿入したがっているのは分かった。  男同士だと排泄器官を使うのだ。  僕はその一線を越えるのは怖かった。それに、かがりを裏切る行為だとも思った。  同性愛者としても異性愛者としても、僕は中途半端だ。  夕陽の中で、隼が、かがりを抱き寄せた。  僕の愛人期間が終わったことを、僕は切なく思った。
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